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2006年7月23日 (日)

CMソングとヴィンテージ洋楽

CMソングは最近音楽製作会社とタイアップが主流ですが、ロック系の70年代ヴィンテージも、90年代中盤に缶コーヒーの「ブラック」にディープ・パープルの「ブラック・ナイト」を使い始めた辺りから、けっこう耳にすることが多くなりました。もちろんビートルズなどの60年代ポップス〜ロックはもっとずっと前から使われていましたけれど、ロックに限るとなかなか商品のコンセプトと一致するケースが少ないので、これはメーカーの宣伝部の課長クラスと広告会社のCMプランナーがその世代(大概1950年代初頭生まれ)になり、決定権を持ち始めたからこそでありましょう。同時に、だんだん安易な使用の仕方にもなっていった感も有りますね。クイーンなど使いすぎの嫌いが有りますが、そもそも73年頃本国英国で冷遇された彼らを最も早く評価し受け入れたのが日本人なんですから、クイーンの楽曲への民族的親和性が日本だけ非常に高いのだ、と理解しておきましょう。それにクイーンの曲って初期2枚のアルバム以外は、いわゆるロックのイディオムではなく、常にケレン味たっぷりなのでCMソングに大変向いているとも言えますね。
<知る限りのクイーン使用CM>
東芝 — コスミオ —:ウィー・ウイル・ロック・ユー
ホンダ — モリビオ :キラー・クイーン
三井不動産:サムボディ・トゥ・ラブ
キリン — ヌーダ :ドント・ストップ・ ミー・ナウ
アルゼ — ロックユー・クイーン(パチスロ): バイシクル・レース
東芝 — ギガビート: バイシクル・レース
ペプ シ— ペプシ・ダイエット: ロック・ユー
東芝 — レグザ: 伝説のチャンピオン
アサヒ — ニュー・スーパーH2O :アイ・ワズ・ボーン・トゥ・ラブ・ユー

 最近は金融など団塊世代ターゲットの商品も増え、その年代に的を絞ったCMソングの使い方も有るようです。サディスティック・ミカ・バンドの「タイム・マシンにお願い」なんぞは、ミカさんの代役で木村カエラの登用ですから、何をかいわんや。いや、本当は木村カエラがメインでタイアップ、その選曲にオールディーズの「タイム・マシンにお願い」を使ったと言う方が、広告戦術的には正しいでしょうか。
 さてそんな中でも個人的に耳についてなんだか違和感が有るのが、二つ。

ひとつはミッシェル・ポルナレフの「シェリーに口づけ」。大変いいメロディではありますが、しかしフレンチ・ポップスとしてはけっこうエッジが立っている部類の曲なので耳に残ります。なのに各社がなんでこうも被って使うのか?同じポルナレフでも「愛の休日」なんか被ってません。
今年はホンダ — ゼスト(2006.6.24)、去年は三井住友銀行 — MOST(2005.5.23)、もっと昔では
トヨタ — ビスタ、IDO — cdma oneなどが有ります。一度使われたらCMプランナーも潔く使用を諦めればいいのにねえ。

もうひとつはサッチモことルイ・アームストロングの「ホワット・ア・ワンダフル・ワールド」。サッチモの曲はほかにもいろいろ使われていますが、だんぜんこの曲が多い。曲自体は暖かくてこころに沁みいる大変な名曲だと思います。当然BGMとしての効果も抜群で、CMプランナーがこぞって使いたがるのも分かります。全部は分かりませんが、ソニー-BRAVIA、ホンダ ワンダー・シビック、東海東京証券 「企業CM」などなど。こう濫用されると、サッチモの原曲の持つ味わいがテレビで流れれば流れるほどすり切れていくように感じるのです。先のキリン ヌーダなどは、クイーンの曲とタレントの持つ資質が相乗効果というあ、あるは互いに触媒となり新しい魅力を産みだしていたのですが、サッチモをBGMに使う場合はたいてい曲の魅力にもたれかかった効果音でしかない。ギリシャの有名なミュージシャン、ヴァンゲリス・パパサナシューのプログレッシヴ・ロック時代の名曲「アルビドー(反射率)0.39」が某矢追ディレクターによりUFOの定番効果音になってしまったように。

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2006年7月18日 (火)

タミヤの1/48ルフトヴァッフェキットを勝手に予測する

2006年タミヤから大変質の高いハインケル162の1/48キットが発売されました。次の1/48ドイツの飛行機キットは何かなあと想像すると、穴を塞いで欲しいというモデラーサイドの希望としては、フィーゼラーFi-156シュトルヒなんていうアイテムも考えられますが、いやまてよ、トライマスターのキットが有ってもザラマンダーを出したなら、もしかしたらかつてのハイスタンダードだったトライマスターの一連のキット群の全リニューアルという線も有るんじゃないでしょうか? だって今や渋い(=量が捌けない)アイテムなんて開発してる余裕は無いでしょうからね。
 では一番候補はタンクTa152H-1なんでしょうかねえ(^。^) コメートも有るですねえ。Tt

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2006年7月10日 (月)

恐竜百万年

衛星放送で懐かしの名画「恐竜百万年」をやっていました。定番「ティラノザウルス(ケラトサウルス?)VSトリケラトプス決闘シーン」や「とかげの実写恐竜風」、「亀実写?アーケロン」などのスチール写真は、60年代の少年マガジンの巻頭特集で目に焼き付いていましたが、本編をちゃんと見るのは初めてでした。
 それで分かったのですが、ラクウェル・ウェルチの主演女優はもちろん知っていましたが、主演男優がチャールトン・ヘストンだとばかり思い込んでましたが全くの別人。考えてみれば、ハマー・プロのバッタ映画にチャールトン・ヘストンが出るわけないですね。そのジョン・リチャードソンですが、同じハマーのマリオ・バーバ監督の「血塗られた墓標」といったB級映画に出ていらっしゃるようです。
 それからラクウェル・ウェルチ以外にも水着姿(毛皮だけど)のおねいさんが割といっぱい出てくること。黄金の3B(Beauty Beast Baby)のうち2B(獣は恐竜です)が出てくる安直娯楽作品なんですが、いちおうストーリーらしきものは有ります。好戦的な部族内争いに負けた主人公が放浪し、金髪の平和主義部族にたどりつき、そこでラクウェル・ウェルチに出会ってさらに放浪するというビルドゥングス・ロマンにはなっています。ハリーハウゼンの特撮も部分的だし、SF特撮ものでは無かったんですね。ラストは自然の驚異・火山の噴火のため両部族の争いも無意味になってしまうという訳で、全体のノリはベン・ハーや十戒に近い「スペクタクル映画」だったということです。
 さてとかげの実写恐竜とシンクロした訳でもありませんが、同じ日に愚息が小学校でかなへびを捕まえてきました。最近教室でかなへび捕獲と飼育が流行っているらしいです。とかげと違い金属色光沢がなく茶系で地味ですが、しっぽはトカゲより長いぞ!Kanahebi

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2006年7月 8日 (土)

映画ダ・ヴィンチ・コード

 映画版ダ・ヴィンチ・コードを見てまいりました。アクションとかミステリのようなエンターテインメント小説は普段あまり読まないので、ダン・ブラウンの原作を読んだのは、お安い文庫版が出てからでした。このタイミングがとっても微妙でして、「この時点で既に情報として映画版配役の主だったところ、すはわちラングドン教授=トム・ハンクス、プリンセス・ソフィ=オドレイ・トトゥ、ファーシュ警部=ジャン・レノという役者のイメージがすでに刷り込まれた状態で、原作を読む・でもまだ映画は見ていない」、という珍しい状態になったのでした。普通原作を先に読んでから映画を見ると、自分で作り上げたイメージがずれたりして大抵がっかりするものですし、逆に映画を見てから原作を読むと、ギャップが有りすぎて違和感を覚えたりするものですが、今回の私はそのちょうど中間状態だった訳です。
 結論を言えば、そのせいでとっても退屈な映画でした。だってストーリーはあらかた頭に入っているので、誰が裏切ろうが、どんな場面に移行しようが驚きは無いのですよ。しかも長い長い原作を2時間強にダイジェストしているのですから、味付けは薄い訳だし…。結局あの教会ってあんなに綺麗だったのねえ、といった観光映画に過ぎなかったです。もちろんそれは私にとってであり、監督のロン・ハワードが凡人だからなのか、主役のトム・ハンクスが大根だからなのか(私、実は彼が嫌いです)は分かりませんです。原作を読んだ際にはウンベルト・エーコ原作の映画版「薔薇の名前」みたいな宗教・歴史ベースのミステリ味に近くなるかも?とも想像していましたが、ハリウッドでの全面映画化ではそれは望むべくも無かったのでした。
やっぱり小説、映画はそれぞれ別の楽しみ方をしたほうがよろしい、という至極当たり前の結論になってしまいますね。Da

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