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2006年8月31日 (木)

読後償却

最近はウェブ2.0ばやり、私もその手の本ばかり読んでいます。 まずは上段がすでに読んだ本。梅田さんのウェブ進化論から始まり、Google,テレビCM崩壊の順に読みました。梅田さんの本が平易で最も刺激的です。Books_1

下段がこれから読みたい本。必ずしも新刊ではないですが。

でも実際には間に航空ファンやスケールアヴィエーションといった雑誌、P-39インアクション、ドイツの計画機といった航空関係のハードカバーも読んでいるので、ビジネス書は遅々として進みません。

 さらに塩野七見さん、ローマ人の物語文庫版24-26が発売になってしまった。

http://book.shinchosha.co.jp/bunko/sokuho.html

こんなに読みたい本がたまることは最近そうざらには無いことです。

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2006年8月16日 (水)

ドイツ空軍強襲飛行隊

オスプレイ軍用機シリーズはもはや新刊の和訳が絶望的と思っていたのにジョン・ウィールのLuftwaffe Sturmgruppenが発売され嬉しい限りである。http://www.amazon.co.jp/gp/product/4499229162/sr=1-1/qid=1155666562/ref=sr_1_1/503-0456491-8929509?ie=UTF8&s=books

最初「ドイツ空軍強襲飛行隊」という書名に違和感を覚えたのであるが、それは読み進めていくうちに訳者手島尚氏の深慮にもとづく「新訳」であることが分かってくる。
 すなわち従来和訳に当てられていた「突撃飛行隊」は「RammJager」に相当する言葉であって、どうもこの言葉は戦後1960年にワルター・ダール中佐が発売した著作のタイトルが「RammJager」すなわち「突撃戦闘機隊」から来ているようなのである。著者ウィールはこの書名自体が誤りだったと喝破している。Sturmは突撃も有りえるが基本は機関砲での肉薄攻撃であり、Rammにはどうも「特攻」のニュアンスが含まれてしまうのを、慎重に分別したかったようである。

 戦時中ダール中佐はプロバガンダの一環でSturmgruppenの成功したリーダーとして祭り上げられたようだが、実際のところ生みの親がコルナツキ中佐であり、実質的に運用を忍耐強く成功させたのはモリッツ大尉だった。戦中・戦後ともダール中佐のほうが有名になってしまい、同時に「RammJager」すなわち「突撃戦闘機隊」の言葉が独り歩きしてしまったのであるが、ドイツ空軍が正式に認めていた戦術および部隊名称はあくまでも「Sturmgruppen」なのである。この点を訳者手島氏も充分理解し、日本人読者にも従来の書物の間違いやあいまいさとはっきり区別できるように、あえて馴染みの無い(しかし、いささかヤーボなどと混同しやすい危険性を孕んでいるので最良の訳語とは言えないのが残念である)「強襲飛行隊」という新しい訳語を充てたのである。ジョン・ウィールのカラー側面図はいまだに下手くそなままであるが、内容的には最近のルフトヴァッフェ関係の書物の中では注目に値すると思う。

なお、たくさんスナップ写真が残っているダール中佐とモリッツ少尉のミーティングであるが、あれらはどうやらみなPKのやらせであったようである。飛行場(JG3の方)でのスナップもおそらくは一連のものであろう。ダール中佐が親分肌よろしく派手なポーズをとっていて、モリッツ中尉やオスカー・ロム少尉が敬虔に聞き入っているように見えるのは、どうやらPKの演出らしいのである。

 また、いままでダール自身とIV/JG3、JG300司令転出の関係がいまひとつ分からなかったのだが、モリッツがIV(Sturm)/JG3を指揮し始めた44年4月時点から、JG3を転出しJG300の司令に出世する44年7月まで、ダールはlll/JG3の指揮官であり、モリッツの上司ではないし、Sturm戦術を実践していたのでも無かった。たまさか転出直後のJG300指揮下にモリッツのIV(Sturm)/JG3が作戦上配下になり、しかも7/7のオシャースレーベンの迎撃戦がゲッベルスに注目され脚光を浴びたのがうまく重なったことが明記されて整理ができた。
 ダール中佐はガランドやトラウトロフト、シュタインホフなど名エクスペルテの人脈にもつながらないし、さりとて戦闘機エースのくせに爆撃機貴族連中に擦り寄って、ガランドの後釜の戦闘機総の地位を確保したのでも無さそうなので、どういう生き方をしていたのか不思議であったが、どうもこの本の内容や、カチュマレクの記事http://members.aol.com/kaczmarek190/sturmpiloten.htm

を読むと、戦後も極右的活動者でこれまたナチ信望者だったハンス・ルーデル大佐の葬式にナチ式敬礼をして不興を買ったとあるので、戦時中からナチ党に擦り寄って出世したという可能性が高そうである。またドカビア本の著者ジャン=イブ・ローランはダールの128機撃墜という線かも疑っているようである。ここらへんの情報が今回のウィールの著作にも顕れたのであろう。まあ本人は1980年代に70歳になる前に亡くなっているのでいまさらどうの、ではないが、2006年8月15日に左翼のノ-ベル賞作家ギュンター・グラスがSS(ナチ親衛隊)に居たなど、いまさら告白したり、日本では小泉首相が終戦記念日に靖国参拝を決行したり、第二次大戦は風化しつつあるとはいえ、まだまだ忘れられないことではある。Rearleft

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2006年8月 3日 (木)

1958年生まれのロックミュージシャン(再録)

58musician_5

私は1958年生まれですので、小学生のころにはもうビートルズは既に解散済み、中学生の頃が1970年代だったわけで、当時聞き始めたロックはゼップにパープル、T・REXといった連中だったのです。その後プレグレ道に走りますが、いずれも1970年代に活躍したパンク以前のバンドばかり、つまり演奏しているミュージシャンは1945年以降生まればかり、日本で言えば団塊世代よりちょい上なんですね。ザ・フーのピート・タウンジェントのよる映画「トミー」にしろピンク・フロイドの露ジャー・ウォータ ースによる「ウォール」にしろ、彼らの分身である主人公の父親はいずれも第二次世界大戦に参戦し傷ついています。とはいえ、彼らは既に60歳過ぎた人も多い割に結構元気なお達者クラブですね。

 さて自分自身がいい歳になってしまった今、自分と同年代のロッカーって一体誰なんだろう?果たして俺は同年代のミュージシャンを聞いていたのだろうか?という疑問がふと頭を過ぎりました。同じ年生まれって、日本の芸能人・スポーツ選手で言えば、花の中三トリオにジャイアンツの原監督なんですけどね。で、ググって見たら、あ、ポール・ウェラー! ジャムの頃はパンクだと言ってバカにして聞いていませんでしたが、スタイル・カウンシルは愛聴してましたよお。そおか、社会人になったばかり20代の頃、つまり1980年代に聞いていたロックを演っていたのが同世代のミュージシャンなんですね。結局当たり前の事実に今更気が付いただけ(^_^;) どうしてこの年代のミュージシャンの印象が個人的に薄いかといいますと、まずアメリカのMTV文化爛熟期でロックが完全にショービズの一環になってしまい魅力的なバンドが減ったこと(逆にマドンナやマイケルが大活躍)、二番目はパンクが下らなかったので(プレグレ命だったので、これまた商売根性丸出しのセックス・ピストルズはゴミと思った)、そういう音楽業界の仕掛けられたパンクブームを生き延びたミュージシャンとすれ違ってしまったこと。ポリス、ストラングラーズ、クラッシュやアメリカのパティ・スミスなどは大好きだったのですが、REMとかエコバニ、ニューオーダー、XTC、ソニック・ユース、キュアーなんて未だに聞いたこと無いですもん。アメリカの音楽はNYでないと聞かなかったせいも有りますかね。あ、ニューオーダーはLP買ったけど、聞かず終いでした。当時熱心に聞いていたのは、日本のアヴァンギャルドっぽいバンド(ヒカシュー、ハルメンズ、戸川純など)とファンクジャズ(ドクトル梅津バンドや早川某のフェダイーンとか)、それにニューヨーク・アンダーグラウンド・シーン(ビル・ラズウェル仕切のマッサカーやフレッド・フリスなど)だったんで、この手の音は今や何にも聞かないですのよ。1990年代はニルヴァーナ命!でしたが、もはや時代にコミットできなくなり、レッチリもストーン・ローゼスもレニクラもいまいちピンと来なくなっちゃった。ああ、既にこの頃からオヤジ化し始めたんですねえ。

 でわ、年上ではありますが、ポリス(スティング)の「I was born in 50's」をBGMに1950年代後半生まれのロック・ミュージシャンのリストをどうぞ。

<1957年生まれ>
シド・ヴィシャス
ニック・ケイブ
シーラ・E

<1958年生まれ>

ポール・ウェラー
ケイト・ブッシュ(往年のアイドルだよ、同い歳とは、トホホ)
デヴィッド・シルヴィアン
サイモン・ル・ボン(ex.バカ・ボンぢゃないよお)
トーヤ(・ウィルコックス)(ご存じクリムソのロバート・フリップの奥方ですね)
ゲイリー・ニューマン(いたねえ、そんな人)
ニール・フィン(ex.スプリット・エンヅ、クラウディッド・ハウス)
スチュアート・アダムソン(ビッグ・カントリーのDr.だそう)
ヴィニー・アピス(ブラック・サバスやディオのDr. カーマイン・アピスの歳の離れた弟だそう)
ジェロ・ビアフラ(デッド・ケネディーズのVo.)
ブルース・ディッキンソン(アイアン・メイデンのひとだそう)
マイク・ミルズ(REMのb.だそう)
サーストン・ムーア(ソニック・ユースの人だそう)
ウィル・サージャント(エコー&ザ・バニーメンのG.だそう)
ジョーン・ジェット(ex.ランナウィズ、ブラックハーツ)
マドンナ
プリンス
マイケル・ジャクソン
ベリンダ・カーライル(ex.Go-Go7s)
アンディ・ギブ(1988年没)
ナンシー・スパンゲン(セックス・ピストルズのシド・ヴィシャスのガールフレンド。1978年没)

<1959年生まれ>
シーナ=イーストン
シャーデー
ジム・カー(ex.シンプル・マインズ)
イアン・マカロック(ex.エコー&ザ・バニーメン)
リッチー・サンボラ(ex.ボン・ジョヴィ G.)
ブライアン・セッツァー(ex.ストレイ・キャッツ、ブライアン・セッツァー・オーケストラ)
ロバート・スミス(ex.キュアー)
ウィアード・アル・ヤンコビック(歌真似の人。今夜はイート・イットなど)

1960年代以降は、我が国では「新人類」と呼ばれたので別人種として捉え割愛します(ボノとかスティーブ・ヴァイなんですけどね)。上記の世代って団塊と新人類の間で常に右往左往してきた世代なんです。

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