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2006年10月 9日 (月)

24とその昔のアメリカのTVドラマ

 ちょっとやばいです。なぜかというと、テレビドラマ「24」のシーズンなんとかを地上派で放映しているのに、はまりつつあるからです。前のシーズンまではプライベートな時間がないことと、きっかけが無いため、無視していたんですけどねえ。はまったら、24回全部みなければ気がすみませんものね、こりゃ、寝る時間が無くなってしまいます。

 「事件はリアルタイムで起こっている」、これ、マーケティング的に良く考えた仕組みですよね。1クール24回(日本は23回とか22回とかだんだん短くなってきてますが)、毎回ものすごい緊張感の連続で一種の麻薬効果を発揮しています。薬物と違うのはたぶん後遺症が残らないことでしょう。同時に見終わったら頭の中には何も残っていないということでも有りますが、考え出した人、すごいです。しかもそれをアイデアだけでなく、ちゃんとドラマとして成立させちゃうのがまたすごい。日本だとアイデア倒れで破綻しちゃうだろうなあ。

 こういう仕組みって、似たようなものは日本では無いですが、発明の斬新さという点で探すと何とか比較できるものといえば、あの肌ぶつぶつ親父編集長(元、ですが)の作った「LEON」でしょう。あの雑誌は女性版「NIKITA」と並んで、ほとんどプロダクト・プレースメント(雑誌の記事や映画などコンテンツの中に、広告したい商品が登場する手法。ハリウッド映画でもやたらトヨタ・レクサスが出てくる映画が有りますでしょう?あの手法です。)のために有る様なもんだと思うのです。

 ただし「24」はそういう広告の戦術ではなく、崩壊しつつあるテレビ視聴再生のための、テレビ番組そのものを救済するために考案された戦術だと思います。しかし、そういう手の内が透けて見えても、正直言って面白い。病み付きになります。これは日本のテレビ局がつくるドラマのレベルをうんと超越してますね。 だから、かしこい日本の広告会社は「24」というコンテンツを目いっぱい広告に使ってます。日本のテレビドラマじゃなくてね!

 さて、広告の話じゃなく、コンテンツの話に戻って考えてみれば「ビバリーヒルズ高校白書」だとか、「ER」とか最近でもアメリカには優秀なTVドラマシリーズが多く存在します。タレントに頼りきったり、特定の脚本家におんぶに抱っこという日本のテレビ局とは違い、アメリカのTV界には、ハリウッドとは別のプロフェッショナルな制作システムが連綿と機能してるんですね。だからあこぎな戦術優先としか言いようの無い「24」でも、ちゃんと楽しめる演出が可能になるんでしょう。

 さて、私自身はと言えば、過去にはまったアメリカ産TVドラマは鬼才デヴィッド・リンチの「ツイン・ピークス」、そしてロズウェル事件を大胆に解題した「X-ファイル 」の二編でしょうか。根がお子ちゃまなのでリアルなドラマはだめなクチです。これら90年代初期のTVドラマは戦術的要素も無く、作家主義がまだ強かったですね。どっちも結局破綻して終わってしまったですけど。

 「ツイン・ピークス」は1990年開始ですから、まだ私も独身時代ですよ。毎晩の残業にもかかわらず、アパートで毎晩見てました。だって独り者だもん、時間はいっぱい有るもんね。しかしカイル・マクラクランはどーでもいいとして、あのたくさんの女優陣、その後TVの世界から映画界に転進はしたものの誰も大成しませんでしたね。「世界で最も美しい死体」(※映画ブラック・ダリアのコピーはこの真似です)ローラ・パーマー役のシェリル・リーは、これまた鬼才 ジョン・カーペンターの「ヴァンパイア最後の聖戦」で、よれよれ娼婦役で出てました。往時の見る影も無く。シェリリン・フェンはマドンナ似の風貌からか、その代役的に?「トゥー・ムーン」をはじめ、B級の獣人SF映画などで、結構すぐ脱いじゃう女優ですが、やはりTV女優に戻ってしまいました。ララ・フリン・ボイル はラックスのCMに出たのでご存知でしょうが、ほとんどがま蛙のような声の魔女と化してしまいました。桑原桑原。一番かわいくてファンだったメッチェン・エイミックもまともな映画はほとんど無くB級ばっかりだったようで、なんとERに出てやはりTV戻りになったようです。ジェームズ・スペイダーの「水曜日に抱かれる女」でヌードを披露してますが私はYouTubeでしか知りません。そのほか、デイヴィッド・ドゥカヴニーやヘザー・グラハムなども出演していたそうです。

 「X-ファイル」はリンチとは違うアプローチですが、毎回謎を残して分かりやすいオチには絶対なりませんでした。1994年から日本で公開されました。しかしデイヴィッド・ドゥカヴニーもジリアン・アンダーソンもその後ぱっとしませんね。TV俳優はやはり壁が有るんでしょうか。

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2006年10月 2日 (月)

ライツ・ビジネス 「渋谷C.C.Lemonホール」

  2 006年9月末、渋谷公会堂がネーミング・ライツを実施、電通とサントリーが組んで「渋谷C.C.Lemonホール」となりました。ええ、あの古くて狭い渋公が?と思ったら、10月1日に改修工事を終えリニューアルオープンするんでした。業界4位とはいえ、そんなことも知らずいた私のほうが恥ずかしいのですが、逆においしい話は他社をいれず秘密裏に進めるのも商売ですやね。某地方自治体のサッカースタジアムのネーミングライツ公開入札には呼ばれたことは有りますが、これはそもそも売れる物件じゃなかったでした(^_^.)

 さてCCレモンですが、いくつか問題点が有ると思います。味の素スタジアムの場合、味の素は商品でありながら会社名でもあるので問題になりませんが、CCレモンは一商品。なもんで、館内でサントリー商品といえどペプシコーラとか売ったらマズイんじゃないでしょうか。ここは清くCCレモンだけしか販売しないようにしないと!

 次にここまで具体的イメージを伴うネーミングにしたら、体が名も表さないと! 再改修して画像のようにして欲しいゾ。

         Cclemon

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組織と個人の権利

2006年10月01日の一般紙に千葉大大学院の杉山和雄教授が、電機メーカーなどから技術指導などの名目で計約5600万円の報酬を得ており、これが大学の就業規則に抵触するとされ、杉山氏が辞表を提出したというニュースが出ていました。

 政治・経済および社会面ニュースについて普段触れることの無い私ですが、なぜここで触れるかというと、私の学生時代の先生であったからです。30年近い前ですから、当時はまだ助手でしたが、それでも橋梁デザインについては一家言があったらしいです。ただ私は工学部工業意匠科(当時)のメインストリームの工業デザイン専攻では無かったので、3年生までの通常授業しか受講しておらず、直接指導を受けたことは無く、人となりを詳しく理解してはおりません。しかし、もみあげとブルドッグのような短躯に満ちたエネルギッシュさから想像するところでは、助手時代から専門分野を持ちそれを貫いて学内政治の波もくぐり順風満帆の人生だったのではないでしょうか。私のようなふらふらした人生を歩んできた人間にとってはまぶしいばかりです。どこかでそういう自信が驕りに繋がってしまったのが、今回の事件だったのかもしれません。これ、敗者の僻みも入ってますけど(^_^.)

 さて一方、個人として独自のノウハウがあれば、他者の求めに応じてコンサルティングすることは理の当然であり、それに対する対価を要求するのも当たり前です。少なくとも民間のビジネス社会では、コンサルティング・ビジネス、ライツ・ビジネスと呼ばれている類の行為です。

 したがってここで問題になったのは、杉山教授が大学に無届けのまま、これらの行為を行い、しかもその対価に関する納税義務も回避していたということです。ですから表面的には杉山教授が一方的に悪いのですが、しかし教授がそういう方法論に走ってしまった背景には、もしかしたら学校側の規定に、まじめに申告すると副業を認めにくい仕組みが働いていた、ということはないでしょうか。そうです、青色ダイオードの件に近い話、組織内で働いて得たスキル&ノウハウは、個人業績として認めにくい・認めたがらない組織論理が働いていたのではないか、という疑問です。私は国立大学という機構にはまったく無縁ですので内情も知るすべはありませんが、もしも普遍的に組織が持つそういった力学のせいで、杉山教授が脱法行為に走ったのだとしたら、教育法人として税金を使っていた時代から独立行政法人になった間で、組織と個人がお互い暗黙のうちに手を握りコンプライアンスに眼をつぶっていた事柄が明るみに出てきたのだ、という可能性は無いのでしょうか。

 もちろんそんなこととはまったく関係なく、お医者と製薬会社の関係のように、単に学内の権威者が権力を笠に来て、民間に圧力をかけ金を無心していたのかもしれませんけれど。

 ちなみに杉山教授の作品には瀬戸大橋のほか、東京湾アクアラインなどが有ります。千葉大の工業デザインはこのほか、地下鉄や空港のサイン計画といった公共デザインの分野で独自の世界を確立したものがあり、東大や芸大など学校自体のレベルは高かろうが、インダストリアル・デザインを担っていない学校に比べると、ID分野における専門性は戦後一貫して日本一で有り続けて来ました。そういう自負もノブレス・オブレージュとして作用すればいいですが、既得権益を振りかざし覇権を主張するベクトルに向かうと、負の結果が現れてしまいますね。

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