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2008年2月25日 (月)

スウィーニー・トッド

先週ひさびさに映画館で封切り映画を見ました。大好きなティム・バートン監督&これまたファンであるジョニー・デップ主演の「スウィニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師」です。バートンとしては、スリーピー・ホロウ系の作品で、そこそこ面白かったんですけど、大傑作とは思えませんでした。

映像美は素晴らしいけど、スリーピー・ホロウで見たことあるレベルでしたし、

こちらの期待値が高すぎたのか、あるいはホラー×オペレッタ形式、ミュージカル形式が未消化だったのか。

映画でのオペラというと私はロックオペラ トミーしか知らないのですし、ハリウッド往年のミュージカル映画は吐きそうになるためひとつも見たことが有りませんが、どうしてもストーリーの陰影や複雑さが消えてしまい、どっちかというとコミックみたいになってしまう。

スリーピー・ホロウはトラッドが下敷きだったこともあり、噛めば味わいが深くなる作品でしたが、どっちかというと同じデップ主演の「フロム・ヘル」が不完全燃焼だったのと似ていると思いましたね。

 一方、こちらの感性が衰えてバートン節を味わえなくなったという可能性もありますが、どっこいカート・ヴォネガットの「タイムクエイク」を最近読んで、ヴォネガット節に感動していますので、それは無いぞ。

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2008年2月24日 (日)

カート・ヴォネガット タイムクエイク

米国を代表する(はずの)作家、カート・ヴォネガットが2007年に亡くなったことをずいぶん後になるまで知りませんでした。2008年になって、「バゴンボの嗅ぎタバコ入れ」という初期短編集(モンキー・ハウスへようこそ の姉妹版)が文庫で発売され、ヴォネガットの作品を本当に久しぶりに読んだと同時に、後書きでその死を知った次第でした。

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アメリカの作家、いや自分の読む作家のなかでも最も敬愛する一人だったはずなのですが、1990年の「ホーカス・ポーカス」以来、17年間ご無沙汰だった計算になります。「バゴンボの嗅ぎタバコ入れ」の後、手じかに有った59年の「タイタンの妖女」と75年の「スラップスティック」を読み直しました。

 さらに1998年に出た「タイムクエイク」を読み忘れていたことに気づき、ハヤカワ文庫を探しましたが、ヴォネガットは未だにSF文庫から出るため、SF不人気の昨今では、そこらの本屋では在庫切ればかりでした。

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 読み始めたら、ヴォネガット節の炸裂で、本当に懐かしくまた楽しいひと時を過ごせました。村上春樹の中期までは、部分的にヴォネガットの真似だったことが良く判ります。たとえば「チリンガ・リーン」。

 印象的だったのは、南北アメリカの先住民は16世紀に欧州人が侵略する前に1400万人ほどおり、20世紀にはその10%程度しか生存していないという挿話。数値の信憑性はわかりませんが、それを信じれば、ホロコーストのうち歴史上最大と言っても過言でないのは、はナチスユダヤ人虐殺、アメリカの原爆、スターリンの粛清、毛沢東の文化大革命ではなく、アングロサクソン達によるアメリカ先住民、特に北米のネイティブ・アメリカン虐殺だということになります。西部劇とか騎兵隊とかいって、それを誇らしげに未だに思い続けるアメリカ人の傲慢さとは一体なんなんでしょうか。

 もうひとつはヴォネガットが好きな映画。一番は「マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ」、二番目が「イヴの総て」、三番目が「カサブランカ」ということが判ったことです。

 この作品の前作「ホーカス・ポーカス」の内容は忘れてしまったのですが、「タイムクエイク」は、ヴォネガットの作中人物であり、彼の分身でもあるキルゴア・トラウトが大活躍し、あまつさえ、ヴォネガット本人と会話をするなど、ヴォネガット作品の総集編の様相を呈しています。

 またトラウト作!の短編が、タイムクエイク(時間の地震)で止まった10年間の前後に、計算づくなのか無秩序になのか、たくさん散りばめられ、時間軸の構成としてはかなり複雑なメタフィクションになっています。筒井康隆の「虚構船団」は今思うとメタフィクション足ろうとしてかなり生硬な出来だと思いますが、ヴォネガットはそこらへんがとっても柔らかい。しかし複雑さはかなりのものです。

 遺作のエッセイ「国の無い男」は、爆笑問題の太田光推薦という帯付で出ていますが、これは小説ではなく、エッセイなので1600円強の出費は控え、文庫になったら読んでみようと思います。

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横山大観

新国立美術館の横山大観展を見てきました。
http://www.asahi.com/taikan/exhibition/index.html
我が朝のゲイジツにはじつはあんまり興味が無く、日本画といえば、古い時代の琳派と、もっと最近の加山又造とか工藤甲人しか知らず、明治・大正・昭和の巨人 横山大観については、その代表作も知らない始末。
 なんでそれでも見に行ったかというと、70過ぎの母親が、お友達が別の人と行くことになったので、新聞社からもらった只券が余ってしまうからと珍しく声をかけてきたからなんです。
 横山大観は多分ものすごく精力的な人なんだと思いました。西洋絵画の技法も吸収しつつ、古典的なスタイルや画題でも描くし、落ち着いた画風から破格を恐れないアバンギャルドな作風もあり、またテクニックを誇示したものから、かなり俗っぽいテーマがあったり、逆にまるで絵本の挿絵みたいな素朴な絵まで、焦点がつかめない巨人だと思いましたね。印象的なのは、松や柳を描く緑色。緑青がベースなんでしょうか、尾形光琳のビビッドな緑ではなく、やや明るく彩度の低い緑。これが好きなようで、繰り返し使われていました。
 結局好きにはなれない絵ではありますが、通と俗を超えたお方であることだけは判明。

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2008年2月17日 (日)

ゆとり教育の終わり

文科省の教育指針がかわり、ゆとり教育の方向性が修正されることになりました。

私は教育問題に意見できるような専門知識はまったく無いのですが、逆に専門家のあほらしい「ゆとり」の賛否両論の隘路とは関係なく、一ビジネスマンとして、またひとりの子供の親として思うことは多少あります。

まず、ゆとり教育自体ははっきり言って完全なる錯誤だったのでしょう。2/16の朝日新聞のインタビューで、ゆとり教育の元凶? 元文科省での旗振り役:寺脇研が言ってましたが、出来ない子のレベルに合わせて全体水準を下げるだけの施策だったわけです。落ちこぼれの子を救い上げるのではなく、そのレベルに下げちゃって、日本全体の教育水準のバーを下げちゃった訳です。

円周率3.14を3にするとか、さもしいことが行われた訳ですが、そういう戦術レベルの話はさておいて。

まず一番の問題は週5日制。これはすぐにも週6日に戻さないと、公立の小中学校は永遠に私立に格差をつけられます。従業員、とは言わないのか、教職員。彼らの休日は週休二日であるべきです、しかし、教育というサービスの受給者であるこどもたち、親たちにそれのしわ寄せをさせるのは、公共サービスの低下でしかない。税金を払っている分の対価が勝手に縮小されてしまったのです。おまえら、パブリック・サーバントという言葉を知らんのか。

また土曜日が休みになっても子供にとっていいことは無い。親と過ごす休日は増えるわけですが、給与水準がまったく上がらないここ10年においては、レジャーへの消費は増えない。こどもはこどもで、外遊びなどという習慣は極端に低下、公園でPSPとかDSライトで遊ぶ時代ですから、さまざまな体験を経ての情操教育の一環になりはしないのです。

第二、先生がかわいそうですね。カリキュラムの問題ではなく、ピンで担任を受け持つ伝統は改革すべし。だいたい新入社員、もとい新人の先生に担任をさせるとは、子供をなめてます。まず新卒3年間は担任などもってのほか。半人前の社会人に教育をさせるなど、教師側および文科省の驕りと錯覚でしかありません。

 同時に副担任制度の導入。これなら新人や問題教師のOJTになる。OJTの無い職場って考えれますか??? さらに、週休2日と、こどもの週6日制を矛盾無く実現できる、民間企業では当たり前のシフト制度です。1ポスト2名でこそ、リスクヘッジができるのです。

 またこれはモンスター・ピアレント対策にもなる。親、特にバブル世代以降の母親は、はっきり言って「ばか親」が多い。当たり前でしょう、彼女らは、新社会人の頃、アッシー、メッシーに囲まれわがまま放題だった世代なんですから。そういうばか親はある意味、偏執的クレーマーと同じです。対処するには一人ではだめ、4つの耳でキャッチし、記録しないと対抗できない。

 私の子供の場合、昨年の小学校6年のときの担任の先生が、心身症的な状況で一時休職になってしまいました。彼女は民間企業からの転職者で、年齢も30前後であり、決して新卒のひよっこではなかったのですが、恐らくは閉鎖的な学校「村」の人間関係と、あるモンスターピアレントからの執拗な攻撃にまいってしまったんだろうと思います。休職の理由は肉体的病気でしたが、半年たって、うちの子供らが卒業したら、ちゃっかりこの4月から復職しましたので、心身症とかうつ病とか、そういう発表の仕方を避けただけだと想像しています。

 文科省と日教組はコンテンツに関する論議ばかりしてきましたが、マネジメント視点がゼロなんだよね。週6日&副担任制でかなりの部分、公教育は復活できると思います。ちなみに民間企業、もとい私立の小中学校ではすでに昔から実践されていることに過ぎないのですが。

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2008年2月 4日 (月)

城塞

この赤土の丘陵の上に建つ城で過ごした日々は夢だったのか

夜警が誰何し、それに答える者たちの相貌の記憶は曖昧だ

脂の燃える嫌な匂いを放つ篝火に照らされて

崩れかけた煉瓦の壁に横たわる我が身からは

既に若い頃の力は失われている

明日の朝を迎えれば墜ちる定めの城と王国に未練は無い

己の流離の人生にも省みるべき何事も無い

惜しむらくはこの世に我が身の生きた証を何も残せなかった

人生は危ういバランスの上の細い一本の糸

どこに有るのか、それを探して彷徨う一生の最後に

探し物は結局自分の中に有ること悟った時は

落城を前にした最後の夜だった

恐らくは王であろうと娼婦であろうと

城塞の内に住まう物はなべて

結局は己が最後に瞬間にしか

その事実に気がつかないだろうが

自らもまたその陳腐な定めにとらわれていたことに

苦い笑みを浮かべながら

刃の毀れた剣に最後の油をそそぐ

人生はまばたきのごとく脆いもの

現れた時は知らず、消えるときのみ知覚できるもの

そろそろと白み始めた東の空に

苦い後悔の念だけが拡がっていく

終わりの始まり

赤い獣脂の篝火だけが

私の横顔を照らしている

城塞のひとびとは消え行く定め

篝火は朝の光に消え行くもの

終わりの始まり

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