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2009年9月22日 (火)

スリー・フレンズ 来日ギグ 2009

Poster

スリー・フレンズ 来日ギグ 2009

 70年代~80年まで活動していた、通向け(要はマイナー)なプログ・ロック バンド、Gentle Giant(ジェントル・ジャイアント)の元メンバーのうち、職人的ミュージシャンを続けてきたメンバーがだんだん集まって結成したのがスリー・フレンズです。ロック、クラシック、ジャズ、古楽その他が織り合わさったような変拍子ばしばしの曲を、ギター、ベース、ドラム、オルガンだけでなく、バイオリン、チェロ、鉄琴(しかも全員演奏有り)、木琴(しかも超早弾き、トランペット、アルトとテナー。サックス、リコーダー(しかも全員リコーダー合戦有り。BOCの全員ギターの迫力は有りませんが)などの各種楽器と超絶コーラスワーク(クイーンやユーライア・ヒープの比ではない巧さ。ただしロック的では全く無い)で知られ、普通のフォーマットのロックではないため、一般的なロックファンはおろか、イエスとかピンクフロイド、ELPあたりのメジャー・プログ ファンにも興味を持たれませんでした。もしかしたら、当時から少数派だったカンタベリー・ツリーのファンにすらも聞かれていなかったかもしれません。一応、カンタベリー「一派」と派閥名称は有るんですから、そういうカテゴライズからこぼれたジェントル・ジャイアントはファンが当時から少なかったでしょう。
 彼らのサウンドをたとえて言うと「納豆にマヨネーズをかけて食べるような」感じです。変わった曲を変な(しかし巧い)バンドが演奏する。かなりハード・ロックぽいパートも多いのですが、超絶コーラス合戦とか、弦楽器の演奏など、どうもシンプルじゃないことが理解の和を広げる妨げになったのだと思います。そのかわり、30年たっても古びない、飽きないサウンドです。中心事物のうちシャルマン三兄弟(途中で長兄が脱退)がパワーポップ志向であり、キーボードのケリー・ミネアが王立音楽院卒業の理論的音楽家であったことが、この極めて稀なる相乗効果を産み出したのでしょう。ただし一回や二回聞いただけではその良さ(あるいは深さ)が理解しずらいため、結局メジャー・シーンで出ることは有りませんでした。
 プログレ冬の時代(パンクという流行歌のせい)を乗り切れず(後期は後期で、パンクというより、10CCとかゴドレー&クレムぽい部分もあり私は結構好きですが)、解散してしまいました。その後、中心人物のシャルマン兄弟のうち、中の兄いレイ・シャルマンはポリグラム、ATCO等々アメリカのレコード会社の副社長(いまはロードランナー・レコードの社長)になり、ボン・ジョビやらシンデレラ、バッド・カンパニー、AC/DC、パンテラなどのマネージ?(signed)をするなど、まさにMr.Class&Qualityになりました(後述)。弟のレイ・シャルマンはCM等の作曲家やプロデューサーに転じ、いまや大メジャーのビヨルクがプロとして最初に属したバンド、シュガーキューブスをデビューさせています。
 三枚目のアルバムだけ参加した影の薄いドラマー、マルコム・モーティマー(バイク事故で脱退せざるを得なかったが、後任のドラマー、ジョン・ウェザースの腕が良く、彼が参加した4枚目のオクトパス以降、GGの音楽は切れが良くなった)が、2008年10月にGG残党、ギターのゲイリー・グリーンと組んで、Rentle Giant(Re-GentleGiantの意か?)というGGの曲を再演するバンドを昨年作ったところ、これにGGの中心人物のケリー・ミネアと、現10CCのヴォーカリストのミックが加わって、スリー・フレンズという「結果的リユニオン・バンド」が出来上がったそうです。


 そんな彼らが2009年9月、初の来日をしました。こういうマイナーな70年代ロック リユニオンのコンサートは、客数が少ないため客単価が高くなるのが厳しいところ。今回もVDGGと同じオフィスオオサワさんが呼んでくれました。オペラやオーケストラほどの値段じゃないでしょうけれど、それでも14,000円は、ドーム・クラスのメジャー・バンドよりも高いです。よって私が行けるのはは明日のマチネ一回のみ。
 ここ一ヶ月i-Podで英国等のギグのセットリスト曲をおさらいでしてましたが、どうしてもメロディと曲名が一致しにくい曲もありますね。
 ちなみにThree Friendsというバンド名は、GGの三枚目のアルバム・タイトルであり、今回の発起人である影の薄いドラマー、マルコム・モーティマーが在籍時の唯一のアルバムでも有ります。つい先日、紙ジャケで再発されたCDを買いましたが、リマスター/SHM CDなのでかなりいい音になっていると思います(すいません、まともな再生装置が無いので断言できないのですが)。特にLP時代はオクトパスまでのヴァーティゴの音はもこもこ篭り気味で、かなりバンドの価値を落としていた側面がありますので、音質向上は嬉しい限り。


青山の会場はかなりこじんまりとしたライブハウスで、その小ささにびっくり。
          
   
 席数は100から150程度でしょうか。多分200席はないでしょう(私にとっては、20代の頃勤務していた池袋西武のアート・スペース、スタジオ200が未だに席数の基準値なのです)。日本のアマチュアミュージシャンでも人気があればもっと広い箱で演奏するでしょうから、ジェントル・ジャイアントの知名度はやはりこの程度なんだなあ、と改めて実感。ヴァン・ダー・グラーフ・ジェネレーターよりも少数派なんですね。1回150人として、公演回数が9/19(土)マチネ、9/20(日)マチネ、夜、9/21(祝)マチネの4回計600人×平均客単価1.4万円とすれば、計840万円。前公演地・カナダから日本までのエア代、あご(食事代、これは自腹か?)、まくら代(宿泊費)、ギャラ、会場費、PR費その他をこの予算でまかなうのは相当タイトだと思います。上記はもちろん勝手な概算です。

 さて、おじいさん達(といっても60歳代ですが)、皆さんお元気。キーボードのケリー・ミネアはすっかり髪の毛が白くて薄くなっていましたが、細いまま。ギターのゲイリー・グリーンは半分はげてかわりにヒゲを林、また相当太り、まさに私のの容姿と同じ。ドラムのマルコム・モーティマーはそもそもアルバム「スリー・フレンズ」一枚だけのメンバーなので若い頃の顔を知らないのでなんともいえず。ちょっと病的に細い(でもお腹は出ている)感じでした。
 サポート・メンバーではなく実際はスリー・フレンズのオリジナル・メンバーに当たる、ジェントル・ジャイアント組以外の4人は、肉食系欧州人壮年老年そのもの。ベースのロジャー・ケアリーは落ちぶれた(失礼)ジョン・ウエットンといった感じ(ただしあそこまで太ってはいない)、ヴォーカルのミック・ウィルソン(from10CC)はふつうのおっさん。デレク・シャルマンよりキーが高いようですが、その分シャープになっていました。ケリーと二人体制になってしまったキーボードのジョン・ドナルドソンは淡々とリズムパートを挽いていましたが、ブギーやシャッフルぽいパートでは、ケリーではなくこのジョンがソロを取っており、全くのサポートメンバーではない配慮もありました。もうひとりの余剰?!(失礼)人員、ギターのアンディー・ウィリアムスは容姿より、愛器なのであろうセミアコ・ギターの塗装がはげて艶もなく、とっても貧乏そうに見えてしまい、可愛そうでした。
 ギターのゲイリー・グリーンはなかなか茶目っ気のあるオヤジで、後半の曲えサイド・キーボードのジョン。ドラルドソンのキーボードでエンディングの一音を指で押してしまったり、アンコールで出てきたときに「ほらさあ、俺達もう歳だからさあ、大変なんだよね」みたいな事を呟いて客席を笑わせたりしておりました。MCもゲイリーでしたね。


 ジェントル・ジャイアント(以下GGと約す)のアルバム「スリー・フレンズ」は出来としては、全アルバム中、中の上レベルですが(やはり初期は4枚目オクトパス、中期は7枚目フリーハンドが傑作と言えるでしょう)が、唯一のトータルコンセプトアルバムです。三人の学友がそれぞれ、大工(というかガテン系)、絵描き(アーティスト)、サラリーマン(エクゼクティブ・クラスの)という別々の道を歩むことになり、人生はもう交わらない、というほろ苦いストーリーです。
 今回のバンド名「Three Friends」は、このアルバムのオリジナル・ドラマーであり、スリー・フレンズの母体「Rentle Giant」(Re-Gnntle Giantの意?)を結成したマルコム・モーティアが唯一GGに在籍したときのアルバム名を、そのままバンド名にしたものです。しかし、在籍していたからという理由だけではなく、深読みすれば、このアルバムのストーリー自体をライブで再演したかったのでは無いでしょうか?つまり、やや自虐的に、このバンドの存在意義やポジションを語るのに、アルバムのコンセプトを援用しいているのではなかったのでしょうか。スリー・フレンズのGG組三人は未だ現役ミュージシャン(アーティストですが、60歳後半を過ぎて極東の100人規模のライブハウスで演奏しているのですから、はっきり言って経済的側面だけから言えば到底成功者とは言えず、それでも夢をずっと追い続けているわけです。曲名で言えば「Peel the Paint」。一方、1980年に解散してから、シャルマン兄弟は、中兄がアメリカのレコード会社の副社長を歴任、弟はイギリスでプロデューサーとしてシュガー・キューブスをヒットさせるなど、恐らくは相当の(一定の)成功を修めたビジネスマンになりました。曲名で言えば「Mr.Class & Quality」ですね。
 今回のツアーはマルコム在籍時ということもあり、アルバム「スリー・フレンズ」の曲が多いのですが、なぜか「Working All Day」だけ演奏していない。かなりハードロックっぽい曲でコンサート映えするのに、あるいはこの曲も演奏すればアルバム完璧再現になるのに何故?

 コンサートが終わってから気が付いたのですが、もしかしたらマルコムとゲイリーはシニカルに自分達の生涯を、「絵描きのピール」に例え、バンドマンを辞めたシャルマン兄弟をミスター・クラスに例えて、このバンドの演奏曲目を決めたのかも知れません。ドカチンは元メンバーにいないのだから、「Working All Day」は演奏する必然性が無いのです。またアンコールに応えた最後の曲が彼らの曲の中ではメジャーでサウンド的に映える「Freehand」ではなく、「絵描きのピール」であることも、象徴的ですよね。

 さて演奏ですが、「変わった曲を」「変わったバンド」が演奏するのがGGだったとすれば、スリー・フレンズは「変わった曲」を「普通のバンド」が演奏する形に変わったので、GG時代のライブのような楽器早取替え競争みたいなサーカス芸的な楽しさは無くなった一方(雑誌ストレンジ・デイズで、GGの音楽をサーカスと括ったタイトルにした評論者がいましたが、あれは本質からずれたパーシャルな部分だけにフォーカスした物言いなので、寂しい気持ちになりました)、演奏がタイトになった分、曲の聞こえ方がソリッドかつシャープになり、これはこれで楽しめました。みなさん、楽器の腕は結構いいのでしょうし、練習も相当したのでしょうから、難曲揃いのGG楽曲群もかっこよく聞こえました。またケリーの「シロフォン(木琴)」早引きプレイとか、トランペットなどはシンセサイザーで代用、コインの廻る音やフリーハンドの指クラップ音などもサンプラーで音採りしてあったので、再現はされていました。名曲「Boys in the Band」のイントロがもうちょっとタイトだったら良かったですけど、それでもこの難曲をあまりミス無く弾き切れるというは、すごいことです。
 全体からすれば、ブランドXのような超絶テクのジャズロックバンドっぽくなっていたと言えば、分かりやすいかもしれません。中期の油の乗った時期のアルバム「イン・ナ・グラスハウス」の「Runaway」、「パワー・アンド・ザ・グローリーの「Cogs in Cogs」などのハードでソリッドな曲も聞きたかったのですが(アルバム自体としてもオクトパス以降のほうがレベルは高いと思うし)、もしも上記のような私の穿った見方が当たっているのだとしたら、地味なアルバム「スリーフレンズ」にフォーカスを当てる必然性が有ったのでしょうから、中期の曲はやや割愛されたということですね。後期のパワーポップ時代は当然オミット。
 なおオフィス・オオサワさん得意の「先にチケット買わせて、後からファン感謝イベントや追加公演を仕込む」パターンは今回もあったのですが、初日などはそれが無くても、ケリーが演奏後客席に来て握手とかサインとかしてくれたそうです。二日目のマチネの後ではそれが無かったので残念。


<セットリスト 9/20 マチネ)
Prologue
Playing The Game
The Advent Of Panurge
I Lost My Head
Pantagruel's Nativity
Just The Same
Empty City
Think Of Me With Kindness
The Boys In The Band
 ~band intoroduction~
His Last Voyage
The House The Street The Room
School Days
Mister Class And Quality
 ~encore
Free Hand
Peel the Paint(
ゲイリーとアンディのギター・ソロ&ユニゾン・バトルあり)


 さてさて、こういう70年代ロックのリユニオン・バンドを聞けるのもしかし、そろそろあと数年で終わりということになってきましたね。ベンチャーズみたいに70歳代でもライブをやれば別ですが、体力のいるロックでは難しいですよね。昔、仕事でよいよいになった時代のレイ・チャールズのコンサートにかかわりましたが、定番の曲をギ実的に演奏し、しかも体調不良で30分で降板しました。これってやっぱりプロの仕事じゃないですよね。ロッカーにはそういう金欲しさだけの仕事はして欲しくないと思います。
 とまれ、VDGGとGGという、私個人にとって中学生、高校生の頃の二大プログレ裏 黄金バンドを、生きているうちに聞けたので、もうあまり無いものねだりはしません。
 逆に大物であるイエスにはそれほど興味が無かったので、数年前のアンダーソン脚骨折快気祝いライブに行かなかったので、もう一回来日してくれないでしょうか。



Three Friends公式サイト(サーバーの回線が細いようです)
GentleGiant 公式サイト
上記のうちスリー・フレンズ関連

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H・P・ラヴクラフトとその影響力

これも個人サイトとMIXIのコピペ記事。

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さて、実のところH・P・ラヴクラフトをちゃんと読むのは2010年、当年とって50歳になって今回が初めてなのです。エドガー・アラン・ポーは父親の関係もあり創元社の箱入りの全集3巻を中学生の頃から読んでいたのですが、エンターテインメント小説を読まないせいか、なぜかラブクラフトには縁がありませんでした。小説は純文学しか読まないのとは逆に、映画はカルトのほか、SFやアクション、ホラーなどのエンタメしか観ないせいで、ホラー映画「フロム・ビヨンド」などのオリジンがラヴクラフトであることは昔から知ってはいました。近年、コミック界の異才・諸星大二郎が「栞と紙魚子シリーズ」で、なかばパロディとして、クトルフ神話などラヴクラフト関連の固有名詞を用いており、原典よりもその後の映画や小説、コミックなどへ与えた影響のほうが評価されている作家について、ちょっとここらで勉強しておかないと恥ずかしいと思った次第です。
 創元社の文庫も最近、特にSFの古典は棚に無いことが多いですが、幸いTVアニメ機神咆哮デモンベインというものの原作者、鋼屋ジンという御仁の推薦帯が付いていて、全巻再販されていました(ちなみにデモンベインはコミック、アニメ、ゲームもあるそうです)。
 しかしながら全巻読むエネルギーは無く、2巻、4巻、5巻の三冊のみピックアップ。下記はアマゾンに掲載されている出版社の紹介文。
 2巻:宇宙的恐怖にみちた暗黒世界への鍵ともいうべき作品「クトゥルフの呼び声」「エーリッヒ・ツァンの音楽」魔神の秘密を知った青年を襲う恐るべき出来事を描いた傑作長編「チャールズ・ウォードの奇怪な事件」を収録。
 4巻:ヒマラヤすら圧する未知の大山脈が連なる南極大陸。その禁断の地を舞台に、著者独自の科学志向を結実させた超大作「狂気の山脈にて」をはじめ、中期の傑作「宇宙からの色」「ピックマンのモデル」「冷気」や、初期の作品「眠りの壁の彼方」「故アーサー・ジャーミンとその家系に関する事実」「彼方より」の全七篇にエッセイ一篇を収録した。
 5巻:Uボートの艦長が深海の底でアトランティスに遭遇する「神殿」、医学生のおぞましい企てを描く「死体蘇生者ハーバート・ウェスト」、セイレムの魔女裁判の史実を巧みに取り込んだ「魔女の家の夢」等、クトゥルー神話の母胎たる全八編を収録した。巻末に、資料「ネクロノミコンの歴史」を付す。

 「インスマスの影」が載っている1巻も必ものなんでしょうが、5巻の「ダニッチの怪」(ハマーの映画ではダンウィッチの怪でしたね)とホラー映画の原作「死体蘇生者ハーバート・ウェスト」、4巻の大作「狂気の山脈にて」、2巻のクトゥルフ神話の原典「クトゥルフの呼び声」を読めば、まあとりあえず代表作をカバーしたと思います。20世紀初頭の時代がかった文章であることと、4巻、5巻の大瀧啓祐氏の訳文がどうにも生硬で苦痛を覚えるため、全巻読破をあきらめた次第。2009年の5月から、仕事の本や飛行機の本も間に挟んだとはいえ、三冊読むのに8月のお盆までかかりました。速読派(=すぐ内容忘れる)の私としては珍しいほど長くかかったのです。

 クトルフ神話とか、コズミック・ホラーといったラヴクラフトの主要テーマは大体、この三巻で分かったような気がします。しかしラヴクラフトは過剰に説明的すぎるため、小説家としては一流ではなかったというのが正直な感想です。前世紀の人であるE・A・ポーが短編の名手であり、恐怖などの感情を動かすために極めて精緻な計算にもとづき小説を執筆したの事実や、あるいは後世のスティーブン・キングが延々長い長い描写を連ねて、恐怖の効果をじわじわとあおっていくのとはどうも違います。「チャールズ・ウォードの奇怪な事件」や「狂気の山脈にて」はどちらも1/3に凝縮すれば大傑作になったと思います。
 逆にいえば、ラヴクラフトはポーのように「効果の演出のために小説を書く」のではなく、例えば「狂気の山脈にて」のように、彫刻という芸術を延々読み解くプロセスを読者に啓蒙したかったのかもしれません。作品そのものより、その世界観をもって後世の人々に与えた影響のほうが重視されるべき先駆者なのでしょう。
 
 <ネクロノミコン>
 さて「ネクロノミコン」ですが、初めて知ったのはH・R・ギガーの画集でした。1980年代ですね。この当時はオリジンがラヴクラフトなどとは露も知りませんでした。自作にもしょっちゅう引用されていますし、映画「ナインス・ゲート」はまさにこういった本そのものをテーマにした作品ですが、純文学における偽書、例えばラテン・アメリカ文学の巨匠ボルヘスなどにも密かに影響を与えているのではないでしょうか。なお、諸星大二郎は「栞と紙魚子シリーズ」で「ネクロノミコン」を「根暗な蜜柑」とパロっています。なんだかかつての吾妻ひでお先生のようですね。「ダンウィッチの怪」は「団 一致」先生ですし、先生の娘は「クトルウ」ちゃんで、彼女は「テケリ・リ!」という「狂気の山脈にて」で旧支配者もしくはショゴスが出す声と同じ言葉を叫びます。

 <クトゥルフ>
 クトゥルフですが、WIKIにはチープなイラストが掲載されています。文庫のあとがきに掲載されている「狂気の山脈にて」の「旧支配者」の挿絵も似たようなもので、サボテンみたいな胴の上にヒトデ型のタコ脚が載っていて、背中に翼、という今ではちょっと噴飯ものの造形です。恐怖より笑いが先にたってしまいそうです。したがって、クトゥルフ神話はラヴクラフト以後の作家によって書かれた神話作品で、ラヴクラフトの基本プロットを踏襲して、そこに新たに創作した遺物を付け加えるなど共有・拡張されたもののほうがやはり私には馴染み深いです。国内SFは筒井先生以外読まないので分かりませんが、この間亡くなった栗本薫などが、パターンを借りて延々書き続けていたようですね(昔この人と仕事をしたことがあったのですが、好きで取り上げたわけでもなく、また一緒に仕事をしても単にワーカホリックであることが分かっただけで、小説もピアノも芝居もみな中途半端な印象しか有りませんが)。
 漫画では諸星さんの各作品にプロットには相当色濃く反映していることがやっと分かりました。稗田妖怪ハンターシリーズに異界から異形のものがやってくる話は、ほとんど原型はクトゥルフ神話そのものですね。しかもガメラのような分かりやすい造形のモンスターではなく、ショゴスのような原形質が半分だけ固まったような、ぐずぐずした塊の怪物が多いのも、ラヴクラフトの影響かもしれません。ン・ヴァギとかもこの部類でしょうか。以外なのはパタリロの魔夜峰央とか士朗正宗なんかも部分的に影響されているんですね。
  音楽というかロックでは、メタリカのThe Call of Ktulu/メタリカ(『Ride the Lightning』収録、1984年)とThe Thing That Should Not Be、人間椅子の陰獣(『人間椅子』収録、1989年)、水没都市(『黄金の夜明け』収録、1992年、狂気山脈(『黄金の夜明け』収録、1992年)、ダンウィッチの怪とオンパレードです。
 マクタロウさんからは、ブルー・オイスター・カルトも影響大と教わりました。いままで歌詞にあまり注意を払っておらず、悪魔イメージを援用しただけのブラック・サバスやユーライア・ヒープと同類と思い込んでいたのですが、そこはやはりニュー・ヨークのインテリやくざロッカー、もっと深いものがあったのですね。アルバム『Secret Treaties』に収録されたドラマーのアルバート・ブーチャードが書いた曲「Astronomy」と「Subhuman」は、別の天体から来た人間で無いもの、を歌っているそうです。ジャケットのMe262やヒトラーのイメージがちょっと焦点をぼけさせてしまった感が有りますが、マクタロウさんによれば、ドイツの外相ディスディノヴァが、ヒトラーの命により地底王国との密約を交わした。彼は暗黒の知識をラブクラフトから得た。というのがブルー・オイスター・カルトのサードアルバム「Secret Treaties」のコンセプトだそうです。
また後にアルバム『Imaginos』の企画は、プロデューサーのサンディ・パールマンがラヴクラフトの影響で作成したものだということですが先の二曲も改題されて収録されています。こちっはまんまラヴクラフトの世界っぽいですね。
 

Imaaginos

<映像作品>
映画ではそのものずばり原作の映画化や改題も多数あります。

「怪談呪いの霊魂」(チャールズ・デクスター・ウォードの事件参照)(1963年)
「悪霊の棲む館」(「宇宙からの色」の映画化)(1965年)
「太陽の爪あと」The Shuttered Room(1967年)  上記3作は全く知りません。
ダンウィッチの怪」(1970年) これは昔TVでもやっていました。DVDは無いのですね。主役は後に「デューン砂の惑星」などでデヴィッド・リンチ作に出るディーン・ストックウェルです。60年代サイケの残り香があって、怪物のシーンは確かペロペロ・キャンディーみたいな画像がぐるぐる回転していたような記憶があります。製作はロジャー・コーマン。お金を出してまで観たいとは思いませんが、ビデオのDVD版でもあればもう一度見てみたいものです。

「Lemora(英語)」(1975年)  未見です。

「死霊のはらわた」(1981年)
「死霊のはらわたII」(1983年)
 これはサム・ライミのゾンビ映画。「死の書」が出てくるのがラブクラフトとの関連?
「地獄の門」(1980年)
「ビヨンド」(1981年)
 これはルチオ・フルチのゾンビ映画。あほフルチとラヴクラフトは関係無いと思いますが、「地獄の門」は舞台がダンウィッチだそうで、「ビヨンド」には「死者の書」が出てくるそうです。

「ZOMBIO(ゾンバイオ)/死霊のしたたり(RE-ANIMATOR)」(1985年)
「フロム・ビヨンド」(1986年)
「死霊のしたたり2 THE BRIDE OF RE-ANIMATOR」(1991年)
 上記はB級とはいえ、スプラッター嫌いの私ですら、のめり込んだガイキチ映画です。「ZOMBIO/死霊のしたたり」は製作 ブライアン・ユズナ、監督 スチュアート・ゴードン、「死霊のしたたり2」は監督もブライアン・ユズナ、「フロム・ビヨンド」は監督スチュアート・ゴードン。どれもエログロ・ホラーです。
 基本的には「死霊のしたたり-1.2」は、「死体蘇生者ハーバート・ウェスト」が元ネタです。しかし原作「ハーバード・ウエスト」は連載形式にラヴクラフトが慣れていなかったそうですが、やや駄作ですね。映画はほとんどぶっ飛んだ末、ホラーがギャグになったような怪作でしたが、プロットだけ原作から借りただけなんでした。「フロム・ビヨンド」の原作は8ページの短編「彼方より」。なお下記右端写真は死霊のしたたり、2003年の続編!

スチュアート・ゴードン/1985 スチュアート・ゴードン/1986 ブライアン・ユズナ/1989 ブライアン・ユズナ/2003

 ラブクラフトも生前は評価されず、同様に死後、プロットだけ換骨奪胎して使用されて人気の出たSFのフィリップ・K・ディックに近い気がします。ディック原作の映画は駄作が多く、秀作は唯一リドリー・スコットの「ブレード・ランナー」だけがありますが、ラブクラフト原作の映画はろくなのが無い気がします。
 「ネクロノミカン」は未見なんですが、げろげろのブライアン・ユズナだけでなく、金子「ガメラ」修介やクリストフ・「ジェボーダンの獣」ガンズも監督してるのでまとものようです。ただ知人にして映画評論関係の青井さんによれば、日本のTVドラマのほうが「らしい」。しかし近所のレンタル店ではこういうマイナーホラーはどんどん在庫しなくなってきました。
 オムニバスが傑作というのは、エドガー・アラン・ポーにも近いところもありますね。ロジャー・コーマン製作のポーもの映画は「赤死病の仮面」にしろ全部いまいちで、結局ロジェ・バディムやらが監督したオムニバス映画「世にも怪奇な物語」だけっすもんね、ポー映画で傑作と言えるのは。

 さて「RE-ANIMATOR」シリーズでハーバート・ウェストを演じていたのがジェフリー・コムズ。変な俳優さんです。ま、ろくな映画には出ていませんが、TVドラマ「スター・トレック」ではゲスト俳優としては重用?され、いろんな宇宙人役で出ています。一番印象深くかつ寂しいのは、青い顔のシュランでしょうか。アンテナみたいな吸盤がおちゃめにくるくると廻るのですが、怒りっぽくてすぐに暴力を振るいます。ここまで来るとなにやら哀愁も漂ってきます。
http://www.jeffreycombs.com/home.php
  ヨーロッパならウード・キアー、我国なら故・岸田森とかがこういうポジションの俳優さんでしょうか。
 あとこの死霊シリーズ?、半分はバーバラ・クランプトン人気(=脱ぎっぷりの良さ)に支えられていたんでしょう。でも私、あの女優さん、ちっとも美人には見えませんでした。ところが今回この文章を書くにあたってYOU TUBEで「死霊1」「死霊2」を部分的に見直したんですが、バーバラ・クランプトン=メグはゴードンが監督した「1」と、別もののフロム・ビヨンド」にしか出ておらず、ユズナ監督の「2」に出ている「心臓だけメグ」はクランプトンではなく、レイア姫が最初から40歳になったみたいな相貌の方でした。ファビアナ・ウーデニオ(フランセスカ・ダネリ役)か、キャスリーン・キンモント(グロリア役)のどちらかだと思いますが、はっきりしません。でもって、クランプトンはなかなかかわいかったです。20年以上も前に見ただけなので、記憶がごっちゃになっていたようです。


「ヘルダミアン/悪霊少女の棲む館」The Unnamable(1988年)
「Dark Heritage」(1989年)
「新・悪魔の儀式」Cthulhu Mansion(1990年)
「SFXハードボイルド/ラブクラフト」(1991年)
「ヘルハザード・禁断の黙示録」(チャールズ・デクスター・ウォードの事件参照)(1991年)
「ダークビヨンド/死霊大戦」The Unnamable II: The Statement of Randolph Carter(1992年)
「キャプテン・スーパーマーケット/死霊のはらわたIII」(1993年)
「地底人アンダーテイカー」(1994年)
「ネクロノミカン」(1994年)  以上未見。ネクロノミカンは上記コムズ(青井さんによれば、なんとラヴクラフト本人の役だそうです。でも似ていないらしい。嶋田久作のほうがよっぽど似ているそうな)の他、クリストファー・ガンズのようなちゃんとした俳優さんも出ています。
マウス・オブ・マッドネス」(1994年)
 これはB級映画の帝王、ジョン・カーペンター先生の傑作です。サム・ニールが主役。ただし、なぜか大好きなカーペンター先生の作品の中では個人的に影が薄いのです。

「魔界世紀ハリウッド」(1994年)
「キャッスル・フリーク」(1995年)
「ガメラ2 レギオン襲来」(1996年)
「ヘモグロビン」(1997年)
「The Hound」(1997年)
「Cool Air」(1999年)  以上ガメラ以外未見。
「ナインスゲート」(1999年)
 スプラッターの正反対、心理ホラー&サイコの名手、ロマン・ポランスキー監督作。主演はジョニー・デップ。佳作です。原作はアルトゥーロペレス・レベルテ という方の作品で、直接的にはラヴクラフトとは関係ありません。、「影の王国の九つの扉」というサタン召還の黒魔術の秘密書籍が、ネクロノミカンからのアイデアなのかそれともキリスト教の邪教に別のルーツがあるのか私には分かりませんが、仕掛けとしては同工異曲です。なお原作は三銃士のデュマも出てきて、オカルトだけの話ではないようです。ポランスキーは映画化に当たって、そういうアカデミックな面は大幅にカットしてしまったそうです。
「Cthulhu」(2000年)
「玩具修理者」(2001年)
「DAGON」(2001年)  未見ですがスチュアート・ゴードンが監督した「インスマウスの影」だそう。
「Beyond Re-Animator 死霊のしたたり3 」(2003年)
 およよ、シリーズモノは数多くあれど、こういう怪作でも-3があるとは!再びユズナ監督、ジェフリー・コムズ=ハーバート・ウェストのコンビです。これまた未見。上のコムズの顔の一番左端が輸入版のジャケットです。
「ゴジラ FINAL WARS」(2004年)
「The Call of Cthulhu」(2005年)
「Mortuary」(2005年)
「バリケード」(2007年)
「Closet Space」(2007年)
「Cthulhu」(2007年)
「H・P・ラウ゛クラフトのタ゛ニッチ・ホラー その他の物語」(2007年) 未見ですが日本の品川亮という監督(スタジオ。ヴォイスの編集長)による人形劇だそうです。「家の中の絵」、「ダニッチ・ホラー」、「フェスティバル」の3作品を収録。
「The Whisperer in Darkness」(2009年)

「ヘルボーイ」
「ヘルボーイ・ゴールデンアーミー」
 マイク・ミニョーラという作家のアメコミ原作をギレルモ・デル・トロ監督が映画化。ラブクラフトとの関連はこれまたマクタロウさんからご教示。トロール市場にはデル・トロ監督らしいお遊びで、「狂気の山脈にて」に登場するモンスターを登場させているということ。ええ、気が付かなかったよ(って、ラブクラフトを読む前だから当たり前)。なおこの作品はデル・トロ監督の手によって映画化が決まっておりましたが、企画が進んでいたけど「ホビット」が入ったために棚上げになったそうです。ジョン・カーペンターの「遊星からの物体X」における南極の恐怖も凄かったですが、デルトロによる白い恐怖と、旧支配者の造形がお笑いにならないならば一体どうなるのか、楽しみだったですけどね。ここらへんの経緯はマクタロウさんの奥様マクノスケさんも私と同様だったようなので、リンクを貼らせていただきます。
http://hellboy.exblog.jp/1030351/
ヘルボーイ映画公式サイト

テレビドラマ
「インスマスを覆う影」  佐野史郎が出た奴。テレビドラマにしては秀逸だった気もしますが、私、佐野さんの演技の下手さがだめなので、ドラマ自体の評価が辛いのです。


※ウィキペディア
・ハワード・フィリップス・ラヴクラフト
ネクロノミコン
クトゥルフ神話

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長野亮之介 個展

長野亮之介「百顔繚乱展」

都立三鷹高校時代の同級生、長野亮之介の個展です。
三鷹高校卒業後、北海道大学に渡り農学部在学中冒険野郎になり
卒業後、冒険家&イラストレーターになりました。

 聞けば前回の催しは書店の原画展だったので、個展と呼べるものは50歳になって初めてだそうです。遅すぎじゃね?
似顔絵は読売新聞の夕刊「銀幕一刻」という連載記事のイラストでした。私はナベツネが嫌いなので読売新聞を取っていないため、まったく彼の連載については認知していないのですが(会社でも全国紙、日経、日経産業、日系流通などは朝刊しか取らないし)、読売の読者なら、きっと「ああ、あの」と思われるのでしょう。珍しく宣伝タイアップ等の編集部要請が無いので、「こちとら自腹じゃ!」で好きな映画を見て好きな作品のコラムとイラストを描いているそうです。これってイマドキ非常に貴重な仕事ですね。もしも連載が本になっていれば、某女性誌でブレイクした石川美千花ばりの人気イラスト・ライターになっていそうなもんですが、どっこい長野の選んでいる映画が渋過ぎなので、そうは問屋が降ろさないようです。

 上のイラストは案内状なんですが、私だけでなく他の同級生からも「似ていない!」とい声があったそうです。私ももしかしたら「いい意味でのアマチュアリズムを保って描いているから、似てる似てないを問うてがいけない似顔絵」なのか、とも思っていました。しかし、長野の絵が下手なのではなくて、
1)下の写真(バッファロー‘66)を見ていただければ分かるように、もともと顔だけのアップではなく、A4サイズのシーン全体を描いたイラストのアップなので、衣装や小道具、背景といったアトモスフィアを伝える情報が無くなっているため、誰か分かりにくい。

2)彼は高校時代から年に何百本も映画を見る「映画見巧者」なんですが、冒険家でもありミーチャンハーチャンしていないので、マイナーでヒューマニティックなセレクトが多いせいか、そもそも似ている似ていない以前に、なんという映画のなんと言う俳優か、我々見るほうが知らない。

 ということが、会場に行って分かりました。私は硬くて真面目で泣ける映画とか、自然を描いた映画とかはほとんど見ないため、長野のピックアップした作品のうち、見たことがあったのは「下妻物語「バッファロー‘66」「ゴースト・ワールド」「あずみ」「踊るマハラジャ」くらいでした。「ダンサー・イン・ザ・ダーク」に至っては最初の30分でつらくなってしまったくらいです。一方、私が好むディヴィッド・リンチとかピーター・グリーナウェイ、テリー・ギリアムとかいったアート系の作品やSF映画などは彼のラインナップには余り無いようです。
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 ジェフ・ベック&エリック・クラプトン

HPおよびMIXIのコピペです。個人サイトとMIXIがあるとブログは個人的に利用価値が低くなってしまいますね。ツイッターの利便性はまだ全く分かりません。

行ってきました、ベックとクラプトンのジョイント・コンサート。私も年のせいか、さすがにアドレナリンやドーパミンが出て酔いしれるよいう状態にはなりませんでしたが、なかなか良いコンサートでした。ジミー・ペイジはカバーデイル&ペイジ、ペイジ&プラントで見ているので、やっと三大ギタリスト(死語)全員のコンサートを体験したことになります。

 第一部ジェフベック。ベースのタルちゃんは噂どおりかわいかったです。ベースのボディの上にちょうど右のおっぱいが乗っかる形になるんですよね。でも出じゃばることがなく、いたって地味でした。サービスは、フリーウェイジャムだったか、タルのベースをベックと二人で弾くというアクロバット奏法。上の1、2弦をベックが両手で弾き、下の3、4弦だけタルちゃんが弾くというもの。パパと娘って感じでした。
 私、ベックを見るのは初めてだったのですが、ライブ見て納得したのは、ベックの曲(というか彼のフレーズ)はフィギュアスケートなどと同じく、ぎりぎりに練習を重ねてやっと初めて演奏可能な超絶技巧曲だということでした。良くミスが多いと言われますが、本人でも完璧に弾けるのは、最高のコンディションのときだけなんでしょう。人によれば「レッドブーツ」の完奏率は50%だとか。あとはCDでは分からなかったのですが、「Angel」ではボトルネックでスライド奏法をするだけででなく、指のかわりにボトルを弦にこすって微妙なサウンドを出すという離れ技を披露していました。
 最近のアルバムの曲中心に、フリーウェイジャム、レッドブーツ、悲しみの恋人たちなど古い曲もやってましたアンコールはピーターガン。これはかっこいい。ロニー・スコッツ・クラブ・ライブと大体一緒でしょう。CDには入っていませんが。

 第二部、クラプトン。一曲目と二曲目レイラまでをアンプラグドでやり、そのあとはストラトに持ち替えて、ブルース中心で約1時間。往年の曲はコケインとクロスロード(キーが高いバージョン)くらい。クラプトンのブルースはうまいかわりに味が無い気がしていたのですが、今回はソロも長くけっこう力が入っていた感じ。

 さてお待ちかねの第三部ジョイントコンサートは、オールメンバーではなく、クラプトンのバンドにジェフが参加という形。やはりブルースが中心。あとはクリームのバッジだったかな。オールドブルースは曲名を知らないのでセットリストが書けないのですが、それ以外にもブルースではないけどロックの曲もありました。互いのソロを取りあうのではなく、二人でユニゾって引くという、都内スタジオでの秘密練習の成果も有り。都合40分程度でしたか、親父ロックを十分堪能しました。
 席は2階席の後だったので前のほうは見えませんでしたが、多分最前列のお客には布袋寅泰とブライアン・セッツァーは来ていたと思います。布袋のブログに書いてありましたので。

 クラプトンは過去にも何度かライブにいったことがあるし、さほど好きじゃないのでベックの単独公演という手もあったのですが、やはり二度おいしいジョイントにしました。お金は非常に高い。しかしクラプトン1万1千円+ベック1万円=2万1千円×演奏時間二人合計で4時間が合計3時間んあるので約70%=大体17,000円と自分を納得させました。呼び屋のUDOも両方にギャラ払わなければいけないので、大儲けにはならないでしょう。それと洋楽ライブは、ほぼ1年前のコラシアム以来なので、かみさんに無理やり納得していただきました。この前がもうさいたまアリーナは初めてだったのですが、ドームとしてはまあまあのサイズ。席はほぼ満席でした(私の居た2階席にちらほら空きがあるくらい)。今日の日曜も当日券が出ていますが、不入りなのではなく、本当に若干の空き席まで売って、かせげるときに稼ごうという腹なのでしょう。


ところでセットリストが分かりました。

第一部:Jeff Beck


The Pump
You Never Know
Cause We've Ended as Lovers
Stratus
Angel
Led Boots
Goodbye Pork Pie Hat
Brush With The Blues
JEFF & TAL Solo(inc~Freeway Jam) ※これが一本のベースを二人羽織弾きした曲
Blue Wind
A Day In The Life
(Encore)
Peter Gunn Theme

第二部:Eric Clapton

Driftin'
Layla (以上2曲はアンプラグド)
Motherless Child
Running On Faith
Tell The Truth
Little Queen Of Spades
Before You Accuse Me
Cocaine
Crossroads

第三部:Clapton & Beck

You Need Love (オールドブルースbyマディ・ウォータース)
Listen Here/Compared To What
Here But I'm Gone
Outside Woman Blues (クリームの曲)
(Little) Brown Bird (オールド・ブルース)
Wee Wee Baby
Want To Take You Higher (スライ・ストーンの曲)

Leaf

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