カテゴリー「経済・政治・国際」の記事

2006年11月11日 (土)

ラミー辞任

 アメリカは中間選挙で民主党躍進、というか共和党自壊で、国防長官のラミーが詰め腹切らされましたね。国連大使のボルトンの命運も半年以内でしょう。

わたしゃ、戦中派の親父に育てられたのですが、ややライトシフトできまして、ネオコン大嫌いだし、それに同調したラムズフェルドはもっと嫌いでした。あのゆがんだ冷笑がいやらしかったでしょ!
 わが国でも近視眼的国粋気分(主義とはいえない)で、中国や韓国の揚げ足をとっていちいち一喜一憂している若い人がいますが、立場が違うだけで視線はラミーおよびネオコンと根は同じ。小泉はブッシュ凋落前にさっさと辞めちゃったんで、ほんに強運と思いますが、エゲレスの子犬ちゃんはダメージでしょうね。

 ただねえ、2年後にもしも民主党政権になってクリントンと同様の政策を掲げるなら、保護貿易主義や単独主義・鎖国的態度が強くなり、日本にとっては、特に自虐史観が嫌だというだけで憲法改正、9条破棄とか、極東裁判無効とかだけ、能天気なこと言ってる人は困りますよね。もし9条を改正し、自衛隊を国防軍にするなら、それは単独でなしえる訳は無く(なぜか今の国粋気分者は言わないのですが)、実際は同時にアメリカとの安保条約改正(解消)がセットになるわけで、単独主義的性向になるに違いない民主党政権のアメリカ相手に、それを外交的に勝ち得るのは相当タフなネゴシエイションが必要になるはずです。ブッシュ政権下のアメリカであればいちいち文句言わないので、単独核武装論をつぶやいたり、仮想敵国的的に中国・韓国をためにする発言をしても大丈夫でしたが、民主党相手ではもはや、そのことに目をつぶっていられなくなるはずです。それはつまり、日本にも自立外交が必要になると言うことで、中国、韓国、台湾、北鮮ともアメリカの言いなりでなく、自立的に対峙しなけりゃいかんわけで、これは相当なタフネスが要求されると思うんです。そんなタフさは今の日本には無い。戦後一貫して安保ベースに経済発展をして、外交や国防にかかるコストをローコストオペレーションしてきたツケが来ています。安倍首相は国の舵取りをする前はかなり確信的に国粋気分者だったのに、首相になったとたん、ジャガーチェンジしてまるでかつての宮沢首相みたいになってしまいましたが、それはある意味、日本の生きる知恵なのかもしれません。自民党の保守本流は愛国的(国粋でないの意。あるいはナショナリスティックでなくパトリオティズムの意で)感情を押し殺し経済発展を取ったため、戦後ずっとアンビバレントな政策を採ってきました。それが先進国の仲間入りを果たすまで復興したからこそ、封印してきた「普通の国」になりたい願望が表面化してきた訳で、それはそれでひとつの国の歴史から必然的では有ると思います。しかしその対価は、ほおかむりの年月が長い分、どんどん重くなっていますでしょう。

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2006年10月 2日 (月)

ライツ・ビジネス 「渋谷C.C.Lemonホール」

  2 006年9月末、渋谷公会堂がネーミング・ライツを実施、電通とサントリーが組んで「渋谷C.C.Lemonホール」となりました。ええ、あの古くて狭い渋公が?と思ったら、10月1日に改修工事を終えリニューアルオープンするんでした。業界4位とはいえ、そんなことも知らずいた私のほうが恥ずかしいのですが、逆においしい話は他社をいれず秘密裏に進めるのも商売ですやね。某地方自治体のサッカースタジアムのネーミングライツ公開入札には呼ばれたことは有りますが、これはそもそも売れる物件じゃなかったでした(^_^.)

 さてCCレモンですが、いくつか問題点が有ると思います。味の素スタジアムの場合、味の素は商品でありながら会社名でもあるので問題になりませんが、CCレモンは一商品。なもんで、館内でサントリー商品といえどペプシコーラとか売ったらマズイんじゃないでしょうか。ここは清くCCレモンだけしか販売しないようにしないと!

 次にここまで具体的イメージを伴うネーミングにしたら、体が名も表さないと! 再改修して画像のようにして欲しいゾ。

         Cclemon

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組織と個人の権利

2006年10月01日の一般紙に千葉大大学院の杉山和雄教授が、電機メーカーなどから技術指導などの名目で計約5600万円の報酬を得ており、これが大学の就業規則に抵触するとされ、杉山氏が辞表を提出したというニュースが出ていました。

 政治・経済および社会面ニュースについて普段触れることの無い私ですが、なぜここで触れるかというと、私の学生時代の先生であったからです。30年近い前ですから、当時はまだ助手でしたが、それでも橋梁デザインについては一家言があったらしいです。ただ私は工学部工業意匠科(当時)のメインストリームの工業デザイン専攻では無かったので、3年生までの通常授業しか受講しておらず、直接指導を受けたことは無く、人となりを詳しく理解してはおりません。しかし、もみあげとブルドッグのような短躯に満ちたエネルギッシュさから想像するところでは、助手時代から専門分野を持ちそれを貫いて学内政治の波もくぐり順風満帆の人生だったのではないでしょうか。私のようなふらふらした人生を歩んできた人間にとってはまぶしいばかりです。どこかでそういう自信が驕りに繋がってしまったのが、今回の事件だったのかもしれません。これ、敗者の僻みも入ってますけど(^_^.)

 さて一方、個人として独自のノウハウがあれば、他者の求めに応じてコンサルティングすることは理の当然であり、それに対する対価を要求するのも当たり前です。少なくとも民間のビジネス社会では、コンサルティング・ビジネス、ライツ・ビジネスと呼ばれている類の行為です。

 したがってここで問題になったのは、杉山教授が大学に無届けのまま、これらの行為を行い、しかもその対価に関する納税義務も回避していたということです。ですから表面的には杉山教授が一方的に悪いのですが、しかし教授がそういう方法論に走ってしまった背景には、もしかしたら学校側の規定に、まじめに申告すると副業を認めにくい仕組みが働いていた、ということはないでしょうか。そうです、青色ダイオードの件に近い話、組織内で働いて得たスキル&ノウハウは、個人業績として認めにくい・認めたがらない組織論理が働いていたのではないか、という疑問です。私は国立大学という機構にはまったく無縁ですので内情も知るすべはありませんが、もしも普遍的に組織が持つそういった力学のせいで、杉山教授が脱法行為に走ったのだとしたら、教育法人として税金を使っていた時代から独立行政法人になった間で、組織と個人がお互い暗黙のうちに手を握りコンプライアンスに眼をつぶっていた事柄が明るみに出てきたのだ、という可能性は無いのでしょうか。

 もちろんそんなこととはまったく関係なく、お医者と製薬会社の関係のように、単に学内の権威者が権力を笠に来て、民間に圧力をかけ金を無心していたのかもしれませんけれど。

 ちなみに杉山教授の作品には瀬戸大橋のほか、東京湾アクアラインなどが有ります。千葉大の工業デザインはこのほか、地下鉄や空港のサイン計画といった公共デザインの分野で独自の世界を確立したものがあり、東大や芸大など学校自体のレベルは高かろうが、インダストリアル・デザインを担っていない学校に比べると、ID分野における専門性は戦後一貫して日本一で有り続けて来ました。そういう自負もノブレス・オブレージュとして作用すればいいですが、既得権益を振りかざし覇権を主張するベクトルに向かうと、負の結果が現れてしまいますね。

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