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2007年3月18日 (日)

コラシアム初ライブ

1960年代 英国が誇る屈指のジャズロック・バンド、コラシアムがなんと結成40年近くたって2007年2月に初めて来日しました。

         Panf

 メンバーはリーダーでドラマーのジョン・ハイズマン、ギターはクレム・クレムソン、オルガンはデイヴ・グリーンスレイド、ベースはマーク・クラーク、ヴォーカルはクリス・ファーロウ。サックスは盟友デッィク・ヘクストール・スミスが惜しくも亡くなってしまったので、ハイズマンの奥さんでもあるバーバラ・トンプソンが代役でした。

 私はコラシアム命!というほどの大ファンではないのですが、大学生時代に新宿ディスク・ユニオンでファーロウの歌う「ライブ」の「ロスト・エンジェルズ」がBGMでかかっており、その迫力と一種の神がかり的な歌に異様な感動を覚えたのが最初の出会いでした。すでに1978年過ぎなのでコラシアム2もデビュー後、初代コラシアムは60年代のバンドですから相当の後追いでした。この曲の異常な圧迫感に匹敵する曲は英国ロックでは、クレイジー・ワールド・オブ・アーサー・ブラウンの「ファイア」しか無いと思います。

 それからずっと聞いていなかったのですが、2006年はなかなか暇が無く、こどもの受験が終わった直後の2007年2月のギグだったので行くことにしたのです。

 クラブ・チッタ、実ははじめて。小雨が降ってきた2/17でしたが、すぐに入れました。しばらく前のジェスロ・タルの場合、社用車やハイヤーで乗り付ける役員クラスの客も多かったですが、コラシアムはもっと前の21st Century Schizoid Band同様、男ばっかで女子比率が異常に低く、でぶ・はげ・髭のオヤジばかりという、暗~い暗~い客層でした。

 時代が21世紀のため、MIXIのコミュで情報が取れ、YOU TUBEで1990年代以降の再結成以降のライブ映像もあり、40年のギャップを埋める情報がけっこう密に集まりました。

 ステージが始まると、客席が一番沸いたのがクリス・ファーロウの登場。若い頃からラグビー体型みたいな人でしたが、70歳近くなると相当太ってもおり、派手なアロハのせいもあって「ちょい悪オヤジ」どころか「もろ悪オヤジ」という風体でした。しかしそれでも声は出る出る。若い頃からロッカーというより、ブルースシンガーというよりはエンゲルベルト・フンパーディンク風に朗々と歌い上げる人でしたが、いまも変わらず。ハードロッカーでシャウト系のヴォーカリストは年齢とともに声が出なくなりますが、ファ-ロウは基礎が違うのでしょう。

            Chris

  

 ハイズマンは旨い。超絶テク。いまどき珍しいドラムソロもあり。

 グリーンスレイドはとっても地味。ソロもあまり取らず。彼が一番ぎこちなかったですが、それは他のメンバーも大同小異。MIXIでコンサート後に知りましたが、90年代から再結成しているとはいえ、今回のギグが2年ぶり、しかも初めての日本だったのだそうです。それじゃあ、全員おそるおそるになるのもいたし方ないところ。残念だったのは、グリーンスレイドがヴィブラフォンを全く使用しなかったころでしょうか。「ライブ」での音色は心に沁みました。ヴィブラフォンを多様するロックバンドって、ほかにはジェントル・ジャイアントくらいしか存在しないので誠に惜しかった。

 ギターのクレム・クレムソン。短髪・銀縁眼鏡で、まるでどこかの大学教授みたい。3年ほどのコラシアムの活動後、もっとやんちゃなハンブル・パイに移籍して、ロッケンロールをばりばり弾いていた人とはとても思えません。古臭いながら的確な音を出していました。グリーンスレイドほど地味じゃないですが、ファーロウとのかけあいや、ソロの爆発はギグの相当後半になってからでした。

       Crem

 Bのマーク・クラーク。実に英国の労働者階級の顔してました。横幅は広くなったけど、髪の毛もたっぷりあって、一番現役時代と変わりないのがこの人。「イマジナリー・ウェスタン」かなんかでソロ・ヴォーカルをとったのですが、ものすごい声量があり、艶のあるいい声でした。コラシアム解散後、一瞬在籍したユーライア・ヒープも、あのコーラスワークはクラークがいたからこそ、という側面もあったかもしれません。

      Mark

 サックスはバーバラ・トンプソン。この人はイアン・カーなんかと同類で、生粋のジャスマン。ハイズマンとグリーンスレイド、故スミスがジャズロックの人、クレムソン、クラークがロックの人なら、トンプソンは一番純粋ジャズの人って感じでした。再結成後の曲等、ほとんど明るいビッグバンドジャズのスタンダードそのもの。しかし若い頃は超美人だっただけあって、おばあちゃんになっても魅力的でした。私は席が後ろのほうなので、皺はもちろん表情も分からないくらいでしたから、おもわず綺麗な若い女の子!と錯覚してしまう瞬間が有りました。エドガー・アラン・ポーの小説に「眼鏡」というのが有りますが、まさにそれを地でいくといったら良いか。

 基本的に「ライブ」の曲に再結成後の曲をまぜて進みました。ファーロウが大体曲名を言ってましたが、「ミスタ・ジョン・ハイズマン」といって割と距離感のある(お互いになんか遠慮慮が有るのjか、クィーンズイングリッシュでは普通なのか?)紹介の仕方で呼ぶと、ハイズマンが前に出てきてかなりしゃべります。まさにジャズのバンマスって感じ。いままで全然気にしていなかったのですが、彼のナレーションで知ったのですが、「イマジナリー・ウエスタン」(マウンテンの演奏のほうが有名)や「ロープラダー・トゥ・ザ・ムーン」の作曲はジャック・ブルースなんですね。ハイズマンはいまでもブルースに敬意を払っているのでしょうか?直接的にのめりこめず、ちょっとつかっかるようなコラシアムの雰囲気は、この2曲がブルース作曲によるためでもあった訳です。ブルースの曲ってそういう捻じ曲がり方が多いじゃないですか。

、やはり白眉は「ヴァレンタイン組曲」とアンコールの「ロスト・エンジェルス」でしした。この曲でファーロウ、クラークとのかけあいがあり、やっとこロック魂を見せてくれました。MIXIで知ったのですが二日目はもっともっとのっていたそうです。クレムはスモークオンザウォータやらレイラ、ホワイトルームのリフを演ったらしい。個人的には生「ロスト・エンジェルス」を聞けただけでももう大満足。

 曲目をMIXIのTaaさんヒアリングから転記させていただくと

--setlist 07/02/17--
1. Those About To Die
Member Introduction by Jon Hiseman
2. Theme For An Imaginary Western
3. Come Right Back
4. ~ Stormy Monday Blues
5. ~ Walking In The Park
6. The Valentyne Suite :
January Search
February's Valentyne
The Grass Is Always Greener
7. Rope Ladder To The Moon
8. No Pleasin'
9. Tomorow's Dream
(uncore)
10. Jon Hiseman's Drum Solo
11. Lost Angeles
でした。

         Coll1

 ばか売れはしなかったけど、一生音楽を演って飯をくってきて、マニアには名の知れた存在である音楽職人さんたちの、真面目で暖かい雰囲気の良いコンサートだったと思います。多分彼らの生きている間にもう1回見ることは無いと思いますが、この晩のことは一生忘れないでしょう。そうそう帰りに、ピーター・バラカンさんを見かけました。50歳代前半のバラカン氏だと、60年代バンドはまさにどんぴしゃの同時代でしょう。モッズなんか聞いていた氏とすれば、若い頃は地味すぎて敬遠していたジャズロックをこの年になって、しかも異国の日本で聞く、といった感じだったのかな?いえ、これは私のあくまでも想像です。

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2006年11月25日 (土)

大人のロック~スターレス高嶋

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JMC東京の帰り、地元の若いモデラー(だと思う、なんせ完成品を見たことが無いので本当にモデラーなのか未確認)のSさんと車の中でおしゃべりしていて、彼がギター小僧であったことを初めて知りました。基本的なフェイヴァリットは英米へヴィメタ系のようですが、ソフトなのもキッチュなのもみんな聞いたり弾いたりしてきたようでした。

 そこで話が出たのがTXのテレビ番組「ROCK FUJIYAMA」。マーティン・フリードマンという外人さんとローリーが出てる番組、という位の認識はあったのですが、マーティンさんはメガデス(私も名前くらいは知ってる)という有名へヴィメタバンドのギタリストだったと言うじゃないですが。しかも、立ち読みした雑誌インタビューで多少頭に引っかかっていたんですけど、次回のゲストが「スターレス高嶋さん」だという。そうあの芸能人の高嶋(兄)は、キング・クリムゾンのファン、わけてもメタル・クリムゾン時代が最高、「レッド」こそ至高のチューンと言って憚らない、真のクリムソ・マニアだったんでした(^_^.) いやあ、おじさん嬉しいよ。宮殿もそりゃあいいけど、70年代ロックファンからすれば、やはり「ラークス・タングス~」「スターレス・アンド・バイブル・ブラック」「レッド」の三部作こそがクリムソの最盛期と言えますでしょう。いやあ高嶋兄さん、嬉しいですねえ。

 というわけで11/20の「ROCK FUJIYAMA」を見ました。

http://www.tv-tokyo.co.jp/fujiyama/back/index.html

うひゃあ、高嶋兄さんのお宝、「21st century Schizoid Band」のサインCDだって(^_^.) 「ほらこれがピーター・ジャイルスでしょ、こっちがイアン・マクドナルドのサインでしょ。」といってもVJの鮎貝健はその貴重さには???。そりゃそうかもね。しかし、私も聞きに行った新宿厚生年金会館のライブに高嶋兄さんも来ていたとは(楽屋でサインをねだったそうです)、「おお同志!」という感覚になります。なんせ本当にオンナッ気が無く、髭生やしたデブ親父(、お、俺のことだ!)ばっかりのコンサートだったんですもん。

 そんでもって、クリムソの新しいベスト盤のライナーを担当だって! いやあ今回の一連の情報で、すっかり髙嶋政宏ファンになってしまいました。いやいやSさん、ありがとうね。

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2006年11月11日 (土)

ベック・ギターコレクション

メディア・ファクトリーの食玩で1/12サイズのエレクトリック・ギターが出ました。なんでも「BECK」というコミックの連動企画だそう。BECKといえばヴォーカルのおにいちゃんじゃなく、ジェフベックであり、ロック漫画といえば「ファイアー」の世代なんでコミックそのものは分かりませんが、モデルとしての出来はいいです。1個買ったら、レス・ポールが出た。ストラトとテレキャス、SGが買えればあとはいらないかな。1/12ならカーモデルなののフィギュアを改造すればロッカーに出来そうですが、私の家にはフィギュアが無いので、1/12の人に近い方々にご出演いただきました(^。^)

http://www.beckguitars.com/index2.html

            Guitar

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2006年8月 3日 (木)

1958年生まれのロックミュージシャン(再録)

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私は1958年生まれですので、小学生のころにはもうビートルズは既に解散済み、中学生の頃が1970年代だったわけで、当時聞き始めたロックはゼップにパープル、T・REXといった連中だったのです。その後プレグレ道に走りますが、いずれも1970年代に活躍したパンク以前のバンドばかり、つまり演奏しているミュージシャンは1945年以降生まればかり、日本で言えば団塊世代よりちょい上なんですね。ザ・フーのピート・タウンジェントのよる映画「トミー」にしろピンク・フロイドの露ジャー・ウォータ ースによる「ウォール」にしろ、彼らの分身である主人公の父親はいずれも第二次世界大戦に参戦し傷ついています。とはいえ、彼らは既に60歳過ぎた人も多い割に結構元気なお達者クラブですね。

 さて自分自身がいい歳になってしまった今、自分と同年代のロッカーって一体誰なんだろう?果たして俺は同年代のミュージシャンを聞いていたのだろうか?という疑問がふと頭を過ぎりました。同じ年生まれって、日本の芸能人・スポーツ選手で言えば、花の中三トリオにジャイアンツの原監督なんですけどね。で、ググって見たら、あ、ポール・ウェラー! ジャムの頃はパンクだと言ってバカにして聞いていませんでしたが、スタイル・カウンシルは愛聴してましたよお。そおか、社会人になったばかり20代の頃、つまり1980年代に聞いていたロックを演っていたのが同世代のミュージシャンなんですね。結局当たり前の事実に今更気が付いただけ(^_^;) どうしてこの年代のミュージシャンの印象が個人的に薄いかといいますと、まずアメリカのMTV文化爛熟期でロックが完全にショービズの一環になってしまい魅力的なバンドが減ったこと(逆にマドンナやマイケルが大活躍)、二番目はパンクが下らなかったので(プレグレ命だったので、これまた商売根性丸出しのセックス・ピストルズはゴミと思った)、そういう音楽業界の仕掛けられたパンクブームを生き延びたミュージシャンとすれ違ってしまったこと。ポリス、ストラングラーズ、クラッシュやアメリカのパティ・スミスなどは大好きだったのですが、REMとかエコバニ、ニューオーダー、XTC、ソニック・ユース、キュアーなんて未だに聞いたこと無いですもん。アメリカの音楽はNYでないと聞かなかったせいも有りますかね。あ、ニューオーダーはLP買ったけど、聞かず終いでした。当時熱心に聞いていたのは、日本のアヴァンギャルドっぽいバンド(ヒカシュー、ハルメンズ、戸川純など)とファンクジャズ(ドクトル梅津バンドや早川某のフェダイーンとか)、それにニューヨーク・アンダーグラウンド・シーン(ビル・ラズウェル仕切のマッサカーやフレッド・フリスなど)だったんで、この手の音は今や何にも聞かないですのよ。1990年代はニルヴァーナ命!でしたが、もはや時代にコミットできなくなり、レッチリもストーン・ローゼスもレニクラもいまいちピンと来なくなっちゃった。ああ、既にこの頃からオヤジ化し始めたんですねえ。

 でわ、年上ではありますが、ポリス(スティング)の「I was born in 50's」をBGMに1950年代後半生まれのロック・ミュージシャンのリストをどうぞ。

<1957年生まれ>
シド・ヴィシャス
ニック・ケイブ
シーラ・E

<1958年生まれ>

ポール・ウェラー
ケイト・ブッシュ(往年のアイドルだよ、同い歳とは、トホホ)
デヴィッド・シルヴィアン
サイモン・ル・ボン(ex.バカ・ボンぢゃないよお)
トーヤ(・ウィルコックス)(ご存じクリムソのロバート・フリップの奥方ですね)
ゲイリー・ニューマン(いたねえ、そんな人)
ニール・フィン(ex.スプリット・エンヅ、クラウディッド・ハウス)
スチュアート・アダムソン(ビッグ・カントリーのDr.だそう)
ヴィニー・アピス(ブラック・サバスやディオのDr. カーマイン・アピスの歳の離れた弟だそう)
ジェロ・ビアフラ(デッド・ケネディーズのVo.)
ブルース・ディッキンソン(アイアン・メイデンのひとだそう)
マイク・ミルズ(REMのb.だそう)
サーストン・ムーア(ソニック・ユースの人だそう)
ウィル・サージャント(エコー&ザ・バニーメンのG.だそう)
ジョーン・ジェット(ex.ランナウィズ、ブラックハーツ)
マドンナ
プリンス
マイケル・ジャクソン
ベリンダ・カーライル(ex.Go-Go7s)
アンディ・ギブ(1988年没)
ナンシー・スパンゲン(セックス・ピストルズのシド・ヴィシャスのガールフレンド。1978年没)

<1959年生まれ>
シーナ=イーストン
シャーデー
ジム・カー(ex.シンプル・マインズ)
イアン・マカロック(ex.エコー&ザ・バニーメン)
リッチー・サンボラ(ex.ボン・ジョヴィ G.)
ブライアン・セッツァー(ex.ストレイ・キャッツ、ブライアン・セッツァー・オーケストラ)
ロバート・スミス(ex.キュアー)
ウィアード・アル・ヤンコビック(歌真似の人。今夜はイート・イットなど)

1960年代以降は、我が国では「新人類」と呼ばれたので別人種として捉え割愛します(ボノとかスティーブ・ヴァイなんですけどね)。上記の世代って団塊と新人類の間で常に右往左往してきた世代なんです。

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2006年7月23日 (日)

CMソングとヴィンテージ洋楽

CMソングは最近音楽製作会社とタイアップが主流ですが、ロック系の70年代ヴィンテージも、90年代中盤に缶コーヒーの「ブラック」にディープ・パープルの「ブラック・ナイト」を使い始めた辺りから、けっこう耳にすることが多くなりました。もちろんビートルズなどの60年代ポップス〜ロックはもっとずっと前から使われていましたけれど、ロックに限るとなかなか商品のコンセプトと一致するケースが少ないので、これはメーカーの宣伝部の課長クラスと広告会社のCMプランナーがその世代(大概1950年代初頭生まれ)になり、決定権を持ち始めたからこそでありましょう。同時に、だんだん安易な使用の仕方にもなっていった感も有りますね。クイーンなど使いすぎの嫌いが有りますが、そもそも73年頃本国英国で冷遇された彼らを最も早く評価し受け入れたのが日本人なんですから、クイーンの楽曲への民族的親和性が日本だけ非常に高いのだ、と理解しておきましょう。それにクイーンの曲って初期2枚のアルバム以外は、いわゆるロックのイディオムではなく、常にケレン味たっぷりなのでCMソングに大変向いているとも言えますね。
<知る限りのクイーン使用CM>
東芝 — コスミオ —:ウィー・ウイル・ロック・ユー
ホンダ — モリビオ :キラー・クイーン
三井不動産:サムボディ・トゥ・ラブ
キリン — ヌーダ :ドント・ストップ・ ミー・ナウ
アルゼ — ロックユー・クイーン(パチスロ): バイシクル・レース
東芝 — ギガビート: バイシクル・レース
ペプ シ— ペプシ・ダイエット: ロック・ユー
東芝 — レグザ: 伝説のチャンピオン
アサヒ — ニュー・スーパーH2O :アイ・ワズ・ボーン・トゥ・ラブ・ユー

 最近は金融など団塊世代ターゲットの商品も増え、その年代に的を絞ったCMソングの使い方も有るようです。サディスティック・ミカ・バンドの「タイム・マシンにお願い」なんぞは、ミカさんの代役で木村カエラの登用ですから、何をかいわんや。いや、本当は木村カエラがメインでタイアップ、その選曲にオールディーズの「タイム・マシンにお願い」を使ったと言う方が、広告戦術的には正しいでしょうか。
 さてそんな中でも個人的に耳についてなんだか違和感が有るのが、二つ。

ひとつはミッシェル・ポルナレフの「シェリーに口づけ」。大変いいメロディではありますが、しかしフレンチ・ポップスとしてはけっこうエッジが立っている部類の曲なので耳に残ります。なのに各社がなんでこうも被って使うのか?同じポルナレフでも「愛の休日」なんか被ってません。
今年はホンダ — ゼスト(2006.6.24)、去年は三井住友銀行 — MOST(2005.5.23)、もっと昔では
トヨタ — ビスタ、IDO — cdma oneなどが有ります。一度使われたらCMプランナーも潔く使用を諦めればいいのにねえ。

もうひとつはサッチモことルイ・アームストロングの「ホワット・ア・ワンダフル・ワールド」。サッチモの曲はほかにもいろいろ使われていますが、だんぜんこの曲が多い。曲自体は暖かくてこころに沁みいる大変な名曲だと思います。当然BGMとしての効果も抜群で、CMプランナーがこぞって使いたがるのも分かります。全部は分かりませんが、ソニー-BRAVIA、ホンダ ワンダー・シビック、東海東京証券 「企業CM」などなど。こう濫用されると、サッチモの原曲の持つ味わいがテレビで流れれば流れるほどすり切れていくように感じるのです。先のキリン ヌーダなどは、クイーンの曲とタレントの持つ資質が相乗効果というあ、あるは互いに触媒となり新しい魅力を産みだしていたのですが、サッチモをBGMに使う場合はたいてい曲の魅力にもたれかかった効果音でしかない。ギリシャの有名なミュージシャン、ヴァンゲリス・パパサナシューのプログレッシヴ・ロック時代の名曲「アルビドー(反射率)0.39」が某矢追ディレクターによりUFOの定番効果音になってしまったように。

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